切腹小説 想い


                                         十文字 さん 


その一



妻の父親は、心臓をわずらっていて、度々入退院を繰り返していたが、こ

こ一年ばかりは何頃も無く過ぎていた。

 

「母が、今回は、大した事が無いから、来なくていいって言ってたんです

けど、あなたが行ってこいって言ってくださったし、御盆にも帰らなかっ

たから…」妻は自分に言い聞かせるように、忙しなく身支度をしながらそ

う言った。

「あなた、朝ご飯、キッチンのテーブルの上に用意しておきましたから、

めしあがってね。」

私は、新聞を読むのを止めて、妻の方を見た。

「ああ、有難う。お前も、気おつけて行って来なさい」そう言うと、妻は

「えっ」と言うような顔をして私を見た。

いつもぶっきらぼうな返事しかしない私が、優しい言葉をかけるとは思い

もしなかったとゆう様子だった。

「どうなさったの、あなた。今日は図分御やさしいのね。」

「でも、嬉しいわ。ありがとう、あなた。」

そう言って満更でもない様子で、はにかむように微笑んだ。

私も心の中で、妻に同じ言葉を呟いていた。

「じゃ、あなた、お願いしますね。」妻は済まなそうにそう言い、旅行鞄

を手に持った。

実家に帰るのは、やはり好い物らしい。いそいそと出かける妻の様子は見

ていて、微笑ましかった。

「ああ、ゆっくりしてきなさい。」私は、老眼鏡を外しながらそう言った。

 

わたしは、鏡の前にたって自分の姿を映す。

その鏡には、眼鏡をかけた、白髪の老人の姿が映っている。額には深い皺

が刻まれている、胸には少し胸毛が生えていて、それも白くなってしまっ

ていた。肉の落ちた胸には肋骨の筋が見える。せり出し、たるんだ腹、そ

して、下腹部に生え広がる縮れ毛にも白いものが混じる、だらりと下を向

く男根、全てが今まで生きてきた、歳月を物語っていた。

自分の下腹を掌で、静かに摩る、

これから、行う行為を考えるだけで、下半身に熱いものがこみ上げてくる。

白木の刀はずしりと重く、本物の刃がその中に収まっている。

私は、刀の柄に手をかけ、静かに抜いた。

わずかな抵抗の後、銀色に輝く刀身が表れた。

それは、部屋の明かりの中で、ぎらりと危険な光を放っていた。

この刃を、いま少しで、私自ら下腹に突き刺し、そして自らの腹を一文字

に切り裂いて行かねばならないのだ。

そう考えただけで私の気持ちは昂ぶり、私の男根は褌の前垂れを押し上げ、

先走りの滴がじっとりと褌を濡らす。

越中の結び目を解き、するりと股間から白布を抜きとると、ばね仕掛けの

ようにそりかえる肉棒が、てらてらと亀頭の先を濡らしながら弾け出た。

私は、刀の柄を左手に持ち、自分の褌を巻きつけていった、短刀を回しな

がら、ゆっくりと巻きつけていく。

刃先が回るたびに、部屋の明かりが反射してぎらりと光るのである、私は

その光に

見入った。

この銀色に輝く鋭利な刃先があと少しで、下腹に突き刺され、はらわたを

断ち切って行くのだ。

そう考えるだけで、全身に痺れるような感覚が走り、肉棒は音が聞こえる

ほどに脈打つのだった。

私は褌を、切っ先を6センチほど残して、しっかりと巻きつけた。

腹壁を破り、はらわたまでとどく事を見越しての事だった。

腸管を断ち切り、はらわたを露出させるつもりだった。

俗に言う無念腹である。腹を切るならば、存分に自分の腹を切り回し、は

らわたをつかみ出したい、右手の中にある刀が、私の想いを遂げさせてく

れるはずである。

私はじっと切っ先を見詰め、そして息をするたびに波打つ自分の下腹に目

を移した。

自分の皺腹がいとおしく感じられ、左手で摩ってみる。

微かに残る、切腹の跡が指先に伝わる。

切腹の真似事をして作った傷痕だった。

幾度思いの限り突き立て様と思ったことだろう、しかしそれは、かなわぬ

夢だった。

下腹に残る傷のうずきに、やるせない思いだけが募るばかりだった。私は

すでに、切腹の衝動に耐えられないほどになっていた。

自分の腹に刃を突き立て、思う存分引き回してみたい。

そして、その切り口の中へ腕を入れ、自分のはらわたを引きずり出してみ

たい。

それがどんなにか苦痛に満ちていようとも、、。

どんなにか、この日の来るのを待っただろうか、なんど、切腹を夢見て、

射精したことだろうか、狂おしくも切ない思いがやっと現実になるのだ。

 

人はいつかは死ぬ。このまま老いて、思いを残しながら死んで行くのなら、

自分の思いのままに、腹を掻き切り、死んで逝きたい。

そう思いつづけてきた。

しかし、それも残された者の事を思うと、決心がつかずにこの歳まで来て

しまったのだった。

しかし、いつかこの思いに決着を付けねばならない事は、わかっていた。

その想いは年を重ねるごとに、強くなるばかりだったからである。

私がいつも夢見ている光景がある。

敵前に我が身をさらし、敵兵の前、仁王立ちになり、腹十文字に深腹掻き

切り、その切り口に我が手を入れ、我が臓腑を引きずり出す。

そんな腹切りを夢見ていた。今それを実践しようとして体が火照るのだっ

た。

姿見の中の私は、自分自身では無かった、そこに映っているのは、敵兵に

囲まれ、今まさに腹を掻き切ろうとする、老武将の姿だった。

そして、鏡の中の武将と私自身が一体となった。




                                        続 く 








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