豊かな南国の自然と人情に育まれて



                            山田太郎さん 作


(1)


 ヰタ・セクスアリア、これは明治の文豪森鴎外の自叙伝です。期待して読んでみた

のですが、がっかりでした。



 私の一家は父が海軍士官で、長崎、大分県の航空隊に勤務していました。転勤

すると写真館で記念撮影。すると写真屋さんから母と姉そして私の写真を、写真屋

さんのウインドウに飾らせて欲しいと頼まれたそうです。



でも母の写真を飾るのは父が許さなかったそうです。航空隊の幹部が女房の写真

を飾らせるわけにはいかなかったでしょう。着任したら母の美貌は直ぐに評判になる

位母は美人だったことを、高校生になってから知りました。戦争が激しい昭和十八

年でも、幼い私達には戦争の影はありませんでした。ところが突然我が家に大事件

が勃発したのです。それは元気な父の手足の自由がきかなくなる病気になったので

す、東京の病院で治療を受けましたが治らないと、 自宅での療養が許可されまし

た。毎日、新聞には大勢の戦死者が載っている時代で、父は苛立って母を困らせる

こともしばしばありました。暫くして父の郷里のM県M市の郊外の村に引き上げるこ

ととなったのですが、ここの風土で少年期が育まれて、七十過ぎても元気でそして

現役な自分をつくり上げてくれたのでした。反対に母にとっては大変な苦労の始まり

でした。母は千年続く島津家の元重臣の家柄の娘で、百姓仕事には無関係な育ち

でした。 父の実家は祖母が下男と下女を使って一町以上の田畑を耕作していまし

た。村の人達は皆裸足でした。姉と私は靴を脱いで、裸足で皆と登校しなくてはなり

ませんでした。



 学校から帰ると父が寝ている横で勉強しましたが、父は外で皆と遊んで来いと時

々言うのでした。後で聞いたことですが、父は手が付けられない様な腕白少年だっ

たそうです。



 それが中学生になったら真面目な青年となって、当時は県内から一人合格出来る

かどうかというかの、最難関の海軍兵学校機関科に合格したのだそうです。そんな

ある日門の近くに居ると、二つ上、五年生の美代ちゃんが、二年生の妹を連れて通

りかかりました。そして手招きして耳元で「家に来て」と誘うのでついて行きました。



 初めてのお医者さんごっこ
すると小屋の奥で外から見えない所に腰を落として、「

太郎ちゃんお医者さんごっこをしよう」と、スカートを捲り上げたのです。股を開いて「

見て」と言うので覗くと、指で広げました。これが初めて見たまんじゅでした。九州で

は女性器のことを「まんじゅ」と呼んでいました。まんこ、北海道では「べっちょ」とか

聞いたことがあります。大人になって赤貝の小さなのに似ていたと思い出しました。

妹にも広げさせて、私のちんぽを引き出して「可愛い」と、自分の体の上に寝かせま

した。そして指を中に入れてと言うので恐る恐る触って、臭いを嗅いだのです。


何とも言い表せないあの臭い。そして数日後も美代ちゃんに又誘われたのです。そ

の日は一人でした。



 美代ちゃんが大人に強姦された


始めようとした時ぱっと隠し戸が開かれて、片爺と言われていた小父さんが立っ

ていました。そして「ぼんはあっちに行け」と怒鳴られて私は追い出されました。心

配で近くに隠れていましたら、美代ちゃんの「嫌だ!嫌だ!」の悲鳴と「止めて!止

めて!」の泣き声。その後「痛いよ!痛いよ!」の泣き声が聞こえました。そして泣

きじゃくりながら痛がる声。暫くして片爺が出て行きました。私は戻って美代ちゃんを

いたわって上げたい気持ちと、恐ろしさ半ばで帰宅したのでした。あの痛がる女性

の声を思い出す度に今でも息子が勃起します。その後部落の小学生が広場に集ま

った時、高等科の坂下先輩が美代ちゃんの耳もとでつぶやくと、美代ちゃんは泣き

そうな顔して逃げました。先輩は私の耳元で「美代は片爺にぼぼ(おまんこ)されて

いるげな」と言うので驚いたふりをしました。片爺は戦争で左腕を無くす負傷をした

傷痍軍人で一人で住んでいました。



近所の後家さんと出来ていて、ある日後家さんが通うのを後をつけて行くと、片爺

が美代ちゃんを裸にしてぼぼをしているのを見つけた後家さんが怒って、美代ちゃ

んは服を持って裸で追い出されたのを目撃したのだそうです。



若い二人の愛欲


ところがその後坂下先輩と美代ちゃんはぼぼ仲間になっていると評判になりまし

た。



当時は恋人とか恋愛と言う言葉は禁止されていて、大人の世界でも使われていな

かった
のだと思います。多分最初先輩は脅迫して関係を持った、ところが二人はも

う止められなくなったのではないでしょうか。美代ちゃんは中年男に犯されて、脅迫

されて回を重ねる毎に歓びを覚えて、今度はぎこちないけども激しい、青年の行為

に溺れていったことでしょう。



片爺は「この辺りの娘はわしが初ぼぼをして、教え込んでやるから学校を出ると直

ぐ貰い手がついて、直ぐに子が生まれる」と言うのが口癖だったそうです。先輩は高

等科を卒業すると、少年戦車学校に志願して行きました。別れる時二人は血が出る

ほどぼぼをしただろうと悪童共は卑猥な話で持ちきりでした。


                                                 


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