暇な一日



                            山田太郎さん 作



    酒を食べてゐる 山は枯れてゐる

    酒は液体だ 女は生きものだ


 最寄の駅から飯能行で一つ目が稲荷山公園駅です。公園は宮崎駿の土々呂の森

の面影があります。そして道路の反対側が航空自衛隊入間基地、つまり飛行場です。

戦前は陸軍航空士官学校、戦後は米軍の基地だったそうです。改札を出て下り道を

約三十分、狭山市役所、狭山市駅そして目的地の図書館に着きます。と言いまして

も弁当と液体を持った遠足みたいなものです。

先ずは映像からと目録を見ました。


 三船敏郎、志村喬、原節子、田中絹代等と、かっての名優達の映画を幾つも観まし

た。白黒でとても懐かしいです。そして今回楢山節考が目に留まりました。この小説

はもう五十年位前に読みかけて止めた記憶があります。ストーリーが悲惨過ぎたので

した。雪深い寒村が舞台。貧しくて一人生まれると一人を山に送る、こんな掟を厳守し

ている部落です。七十になると山、姥捨て山に捨てられます。水子が田んぼに捨てら

れています。でも春になると新緑の世界と化して、村人達は山菜採りなどを楽しみま

す。若い男女はどちらからとも無く絡み合います。良いぞ良いぞと見ていたら、蛇の絡

み合いのシーンに切り替わりました。浅瀬で絡み合う二人、今度は大蛙の上に小ぶり

の蛙が乗った画面に替わりました。これはたまりばの六月号にも載っていましたが、

蛙の交尾シーンです。藁葺の軒下を蛇が這っている。今村昌平監督は蛇が好きなの

かな、自分は大嫌いなのでもう見るのを止めました。解説書を読むと、母親を山に捨

てに行って見た物は累々とした白骨。自分も七十五ですからもうとっくの昔に捨てられ

ているわけです。こんな時代、こんな村に生まれなくって良かったです。返却してさあ

昼ご飯です。


 談話室、此処だけが飲食を許された部屋です。飲と言っても図書館内ですから、水

かお茶の意味でしょうが、「酒は駄目」とは書いてありません。ペットボトルのお茶を飲

みながら、家内が作ったおにぎりをほほ張ります。これが楽しみで遠足みたいな図書

館通いです。二本のペットボトルを堂々と交互に飲んでいる親父もいます。やつも同

類項です。


 さてもっと陽気な映画を観ようと、洋画のプログラムから「アンナカレニーナ」を選びま

した。トルストイの名作、革命が起こる約五十年位前、帝政ロシヤの末期頃の物語で

す。美貌の伯爵夫人が出遭った伯爵の軍人と、お互いに一目惚れしてしまって、道な

らぬ恋におちると言うストーリーです。この小説も読むのを中断した物でした。あの頃

の自分には最愛の家族を見捨てて、彼と恋をするふしだらな女が許せなかったのでし

た。もう大人になったのだから、否、歳をとったのですから、自分の心を偽らずに貫い

て行くのも良いと納得出ました。貞淑な妻なら小説にはならない、全てを投げ出してで

も恋に生きる美貌の貴婦人。ですから世界中に数え切れない愛読者が居るのかと感

じた次第です。折角図書館に来たのだからと閲覧室に。

 藤沢周作の「春秋山伏記」と言う単行本を読んで、

「私の愛読書」と言う随筆が目に留まりました。

 有名な小説が数点挙げられている中に、山頭火の名前がありました。山頭火かこ

れも以前読みかけたのですが、さっぱり良さが分からずに中断。では読んでみるかと

書架を探しましたが見当たりませんでした。

 職員さんに聞くと、暫くして三冊持って来てくれました。そして解説者が挙げている

のが冒頭の句でした。

 酒を食べてゐる 山は枯れてゐる

 酒は液体だ 女は生きものだ

 山頭火の句の良さは、文言を頭の中で考えるのでなく、話し言葉で作られていること

で、酒の材料は穀物だから、飲むことは食べていることになるのだそうです。


 女は生きものだ これは当たり前の話ですが、何を言わんとしているのでしょうか。

置き去りにしている妻の気持ちを労わっているのか、生活を気にしているのか。女は

お福さん時として角も出します。そして「山頭火の句は美空ひばりの歌と同じで、涙が

出てやまない」と述べられていました。何頁か捲ってみましたがさっぱり分かりません。

そこで他の本を読んでみました。明治十五年山口県周防市生、早稲田大学予科中退、

荻原井泉水に師事。幼い時に実家が没落して、母親が屋敷内の井戸に投身自殺、こ

れがもとになって女性に偏見をもったのではと見られていますが、結婚して子供も儲

けたそうです。非定型の句を作りながら南から北まで放浪の旅。「あきらめとかさとり

ではなく、詩で自分自身を表現するこが使命・・」と書き残しています。

 序文を書かれた森信三氏によりますと、新風俳句の

自然味と清純さ簡素さが特長で、松尾芭蕉と並ぶ俳人との褒めようです。魂がその

すさまじい人生の歩き方に触発されるとのことです。


以下自分なりに選んでみました。

 分け入っても分け入っても青い山

(この句が代表作かも)

歩きつづける彼岸花咲きつづける

 ほろほろ酔うて木の葉ふる

 年とれば故郷こひし つくつくぼうし

わがままきまま 旅の雨にぬれてゆく

千人風呂にて

ちんぽこもおそそも湧いてあふれる湯

ともかくも生かされてゐる雑草の中

枯草ぬくう寝るとする蝿もきてゐる

抜けたら抜けたままの歯のない口で

ひとり焼く餅ひとりでにふくれたる

しぐるるや郵便やさん遠く来てくれた

(原稿料かな。郵便やさんの句が他にもある)

たばこやにたばこがない寒の雨ふる(戦争中のこと)

だんだん似てくる癖の、父はもうゐない

たんぽぽちるやしきりにおもふ母の死のこと

夕焼うつくしく今日一日はつつましく

生える草の枯れゆく草のとき移る

水がとんぼがわたしも流れゆく

皆懺悔その爪を切るひややかな

草にすわり飯ばかりの飯をしみじみ 

この句を十年後に、

草にすわり飯ばかりの飯

と改作したとあります。凄いですねかって作った句をずっと考え続けているのです。こ

の作家魂と作品への愛着、責任感に驚き感動しました。魂に触れる、そこまではいき

ませんが、忘れ難い作家です。

 寝ころべば枯草の春匂ふ

 寝ころべば天国 「酔い過ぎたのね・・」のつぶやきに、はっと目覚めたら、もう七月

八日の早朝、夢だったのか、トイレへ、これが現(うつつ)。

                                          終わり

                                            


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