再 会  .



                                      桃色の越中 さん 



その4  .



修学旅行も無事終わり、文夫は幸せを感じていた。月に一度の逢瀬で甘え

られる父が出来たからである、又アルバイトにも勉強にも熱が入り、充実

した毎日を送っていた。

そんな文夫は、昭和421月の正月明けに、埼玉県大宮市にある、一流企

業の
M機械製作所の入社試験を受けに出掛けていった。一週間後には合格

の通知が届いたのである。

高校進学を諦めたのだが、文夫はそれほど高校進学には拘りを持っていな

かったのである。

又母親光子も、一流企業への採用で倒産の心配がいらず喜んでいた。

やがて3月にもなり、中学校卒業式目前で、誠四郎と文夫の最後になると

思われる逢瀬である、
310日、朝2:30分に文夫は、誠四郎の宿直室を訪

ねた。

「やあ、文夫か、待っていたぞ、さあ、布団に入れ」

文夫は、衣服を脱ぐと布団に入った。誠四郎は越中褌を外して、文夫を抱

き寄せ唇を重ねた。二人は愛の交歓が終ると、何時ものように会話に入っ

た。

「文夫、来週はいよいよ卒業式だな、所で就職が決まったようだが?」

「埼玉県大宮市のM機械製作所に就職する事に成りました。お父さん一年

間では有りましたが、楽しい思いをさせて頂き如何も有難う御座いました」

「そうか、良かったなあ、でも健康には充分注意をして、頑張るんだぞ」

「お父さんも、健康には充分注意されて下さい、それから、大好きなお酒

も控えめにされて、お体を大切にされて下さい」

翌週316日に卒業式も無事に終え、3月末に、埼玉県岩槻市にあるM

械製作所の独身寮に入寮した。4月1日の入社式も終え、半年も過ぎた頃、

文夫はある事に気づき始めたのだ。如何も機械操作が上手く出来ないので

ある、旋盤やフライス盤の操作が上手くゆかず、自分には機械操作の素質

がないと思い始めていた。

又文夫は中学一年の頃を思い出していた。

『確か岩田誠四郎先生は、母に銀行員になる事を勧めていたな、それなら、

会社を辞めずに、来年に成ったら定時制の商業高校にでも行くか?』

文夫は、あと四年半定時制高校卒業まで、このM機械製作所で何とか頑張

る決意に至ったのだ。

翌昭和434月、文夫は埼玉県岩槻市にある、K商業高校定時制に入学し

た。

さすがに、成績優秀な文夫は在学中に、商業簿記三級に合格し、さらに商

業簿記二級も合格してしまったのである。

昭和471月、正月明けに、担任の宮崎先生の進路指導を受けた。

「高木君、あと僅かで卒業だ。今後の事だがもう四年、大学二部に通って

みないか、推薦入学と言うのが有ってね、僕は推薦状を書くつもりなのだ

が、如何だろう?」

「先生、実は私が中学生の時、母が担任の先生から、将来は銀行関係に就

職するよう勧められていたのですが、銀行員にはもう無理のようです、茅

ヶ崎市に帰り、地元の商店街関係に職を求めようと思うのですが」

「なに、銀行関係か、それなら、僕の大学時代の親友が、大宮市のN銀行

支店の支店長をやっているのだが、一度会って見ないか、それに銀行と言

っても都市銀行ではなく地方銀行だから、採用の可能性はあるね」

「そうですか、それなら是非お願いします」

文夫は、担任の宮崎先生の紹介で親友である、N銀行支店の木村支店長と

会うことになった。



                                                     続 く 









トップ アイコン目次へもどる    「男大好き・小説」へもどる
inserted by FC2 system