戦国武将の衆道  .




                                      桃色の越中 さん 



3.武田信玄編(1)                       .



戦国乱世の時代に入ると戦国武将同士の戦いが激しくなり、各地で戦国大名・戦国

武将による城が築城される様になっていた、この城の役わりは外敵から身を守る為

の戦国武将の知恵だった様です、堀には水が貯えられており、此処を泳いでさらに

石垣を登り進入を試みると上から石や岩で叩き落とされる、即ち外敵から身を守る

為の構造であった様です、此の戦国乱世の時代にお城を持たぬ武将がいたのです、

それが武田信玄でした、彼は城など要らぬ必要ないと考えていたのです、その謎を

解くカギがあったのです、それは「風林火山」で有名な武田信玄の甲陽軍艦(武田

信玄の戦略・戦術を記した軍学書)の中にある勝利の礎「人は城、人は石垣、ひと

は堀、情けは味方、仇は敵なり」ですが後々後世にも唄われた「武田節」の一節にも

「人は石垣、人は城、・・・・」と、即ち彼は城や堀が戦うのでは無く、人と人とが戦い

をお起こすので有り、それほど必要ないであろうと考えていたようです、足の速い者

は槍や刀を持たせ先兵として走らせ、足は遅いが武術に優れている者は馬に乗せ

てと、人は人材であり「適材・適所」の言葉どうり素質や才能を見抜き「適材・適所」

に配備をしたのです、いわゆろ人間によるお城の形成です、これが「人は城、人は石

垣、・・・」の部分です、信玄の考えが功を奏したのか無類の強さを誇っていたようで

す、こうして他国の戦国武将から恐れられていたのです、武田の軍勢恐るべしと、ま

さに快進撃の連続の様でした。



                                              続  く 







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