戦国武将の衆道  .




                                      桃色の越中 さん 



3.武田信玄編(3)                       .



「甲陽軍艦」と言う書物は江戸時代に記された物だが、信玄の戦略・戦術

の中にある「人は城、人は石垣、人は掘り、・・・・」と、此れは本当に

信玄が考えた物だろうか?いや違っていたのだ、実は小姓の高坂昌信の考

案した物だったのだ、それ程優秀な幹部候補生だったのである、ではいっ

たい何故信玄が?、それはこの二人がただならぬ男色の関係に有ったから

採用したのである。

ある日の朝信玄が茶の間で茶を飲み、寛いでいる所へ昌信が入ってきた、

ここで信玄が一考を講じたのである、「昌信よちと庭に出て貰えぬか」

「ハイ殿」「昌信其処の大きな石を持ち上げて、肩に乗せしばらく、其処

に立っていて貰えぬか、苦しくなったら、いつでも降ろしても良いぞ」、

実はこれは信玄がある事を試みたのだ、足腰がしっかりしている者は、菊

門に魔羅を挿入されても、少しは痛みが感じるが、楽々受け入れてしまう

タイプである事を、信玄は知っていたのである、昌信は体格も良く足腰も

丈夫だったのである、数分後に「昌信もう石を降ろしても良いぞ」と、ど

うやら合格点の様だ、実は信玄も、甲斐の国では、力持ちで足腰が丈夫な

のは、有名であったのである、この後信玄が夜になったら自室に来るよう

に昌信に命じておいた、何か用事がある様だ、やがて夜になり昌信は信玄

の部屋を訪ねた、信玄は敷布団の上にうつぶせに成っていた「おお昌信か

用事があったのじゃが明日にしよう、実は頼みが有るのじゃが、持病の痔

けつが痒くて堪らんのじゃ、もうこの時間では、医者も来てはくれまい、

塗り薬もきらしておるし、どうじゃおぬしの指に唾を付け、菊座の辺りを

擦って貰えぬか」、実はこれは信玄の策略だったのである、信玄はなんと

か昌信の魔羅を、菊門に挿入させようと、たくらんだのだ、一方昌信も信

玄の尻に興味を持っていたので、喜んで引き受けたのである、信玄が「昌

信よ痒みが、多少消えて、気持ちが良いぞ」と言った、ここで昌信は何と

かして、菊門に魔羅を挿入して見たいと思っていたので、策略を思いつい

た様だ、「殿菊座の周りばかり、擦っても痒みは解消しませぬぞ、如何で

しょう、小指に唾をつけ、菊門の内側を擦ると言うのは」「おお、それは

いい考えだ、是非やってみてくれ、う~ん気持ちが良いぞ」、此処でまた、

信玄が策略を考えたのだ、「昌信よ小指では、ものたらん、もっと太い、

親指でやって見てくれぬか」、昌信もここで、策略を考えた「殿親指より、

もっと太い棒があるのですが、棒の奴しばらくすると、フニャッとへばっ

てしまいますが、如何でしょう」、「そんな便利なものがあるのか、それ

なら早くやって見てくれ」「殿実は、この棒の奴重いので、殿の体に体重

が、かかってしまいますが?」「かまわぬ、入れて見てくれ」、ここで、

昌信は自分の魔羅に唾をつけ、菊門に挿入したのである、さすがに、信玄

は足腰が丈夫なので、それほど痛みが、感じられずに、菊門に魔羅を受け

入れたようだ、しばらくすると、昌信が「殿棒の奴が、そろそろへばりそ

うで、一度引き抜いて、休ませてからと言うのは」「かまわぬ、もう少し

で、痒みが解消されそうだ、其のまま擦り続けて見てくれ」、昌信はとう

とう、果ててしまった様である、魔羅を引き抜くと、信玄が起き上がり、

「ブッハハ」、と笑い「馬鹿者、ワシは知っておったのじゃ、おぬしだけ

良い思いはさせておけぬ、今度はワシにも良い思いをさせて、くれるじゃ

ろうな」、今度は昌信が、敷布団の上に仰向けになり、信玄が自分の魔羅

に、唾をつけ昌信の菊門に・・・・・、こうして、二人は晴れて結ばれ、

此の後末永く、仲良く愛しあっていったようだ。

                           (完)








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