切腹心中


                                         十文字 さん 


(前編)



「ん。どうした。寝れんのか」親父は、眠そうな目を、半分あけてそう言

った。

私が、さっきから親父のことを見ていたのを感じたらしい。

「ずいぶん、爺になっちまったなと思って、見ていた所さ」と私が言うと。

「なにを言ってる、お前こそ、ずいぶん、親父になったぞ」と言う。

そうだな、お互い歳を取った。月日は確実に二人の姿を変えていた。

二十年近く、よく続いたものだと思った。

「俺たちの関係って、いつまで続くのかな」寝そうになる親父にそう言っ

「死ぬまでに決まってるだろう」親父は当然の事のように、そう言って背

中を向けた。

「死ぬまでか、、、。」私は親父の背中を見ながら、同じ言葉を、小さく

繰り返えした。

 

その日、会社に親父から、電話があった。今まで一度も、会社に電話をよ

こした事など無かった親父である。

「近くに来ているので、会えないか」、と言うのだ。私は、変な胸騒ぎを

感じて、急いで親父の待つ場所へ急いだ。

「どうしたんだよ。何かあったのかい。」親父に会うなり、そう聞いた

少し間があった。

「わしなぁ、、。ガンらしい。末期だそうだ。もって半年、、、。」そう

言って口をつぐんだ。

「えっ」と言ったまま言葉が出てこない。

いつかは来るだろうと思っていた。

親父の歳を考えると、遠からず別れはやって来ると。

しかし、それが、こんなに早く訪れようとは。

「死のう、親父、一緒に死のう。」いつのまにか私は、そう、口に出して

いた。

思いがけない言葉だった。

いや、そうでは無い。

それは、私が、前から願っていたことだった。

「わしと、、、。いいのか。」そう言う親父に、私は笑って頷いた。

 

朝霧が草木を濡らしていた。ここは、小高い山の上にある、本丸の跡だと

言われる場所。

そこからは、朝霧に包まれた山河のたたずまいが美しく見えていた。

親父と私は、しばらくその景色を見つめていた。私は、横に立つ親父を見

た。

白くなった髪の毛は、綺麗に後ろに梳かれている。

ポマードの匂いが、微かにした。

今日のために伸ばした口髭も白く、形良く、切り揃えられている。

肉の落ちた胸には白い胸毛が、臍の回りにも白い毛が生えいて、それは、

下腹に生え広がり、その先は、純白の越中褌の中に消えていた。

それらの全てが、熟年の色気を漂わせていた。

そんな親父と一緒に死ぬことが出来るのかと思うと、喜びで全身が熱くな

るのを感じていた。

ふと気付くと、親父も六尺褌で立つ私を、同じような目で見ていた。

「行こうか」親父が言った。私は小さく頷いた。

宴の用意は出来ていた。

二人の座る所には、白い布が敷かれ、その上に一振りの短刀が置いてあっ

た。

手はずは、親父が先に腹を切り、それを見届けてから、同じ腹切り刀で、

私が腹を切ることになっていた。

私と親父は静かに向かい合った。時間がゆっくり流れていた。

「古来より切腹は、腹を十文字に掻き切り、臓腑をつかみ出すやり方こそ、

正しいとされている。わしは、この皺腹、思う存分掻き切り、おまえの前

で死んで行きたい。

しっかり見届けてくれ。」親父はそう言って、前にある短刀を手に取った。

鞘を払うと、刀身が冷たく朝の光に輝いた。

そして、刀に白布をゆっくりと巻きつけてゆく。

それは、厳かな儀式の様に行われていった。

親父は、巻き終えると左手に持ち替え、私を見た。

優しい目が私を見つめていた。不思議と静かな気持ちだった。

親父が、「いくぞ」、と言うように私に頷くと同時に、右手で褌を、ぐい

っと、下げた。

下腹が大きく広げられ、白いちじれ毛が見えた、親父は切ろうとする腹を

いとおしむ様に撫でていた。

やがて親父は腰を浮かせぎみにした、そして、刀を右手に持ち替え、左手

で下腹の皮をつかむようにして、ぐっと引き寄せ、そして、刀を張り切っ

た下腹にをあてがった

大きく息を吸い込む、次の瞬間。

「うむゥ」と腹に突き刺した。まだ浅い。

今度は、左手を添えて、ぐいっと突き刺すと、刀を中巻きした所まで、す

っかり腹の中に入ってしまった。親父の顔が苦痛にゆがむ。

「ふううゥゥッ」拳が下腹をなぞる様にゆっくり動きだす。すると。幾筋

もの、紅い筋が下腹を流れるのが見え、白い褌を紅く濡らしていった。

臍の近くまで、やっと切り回して、止めていた息を吐き出した。肩が上下

に動き
荒い息遣いが聞こえてくる。油汗が薄っすらと浮んでいた。

親父しばらく息を整えていたが、「ぐうゥううゥゥゥッ」という、唸り声

とともに
何度も身をよじるようにして、一気に右脇腹まで掻き切った。

血潮が飛び、敷いた白布に紅い花が点々と咲いた。

褌はすっかり血に、濡れそぼっていた。

荒い息遣いと共に腹が大きく揺れる、と、しだいに掻き切った傷口が開き、

血に染まったはらわたが見えはじめ、息をするたびに、それがうごめくよ

うに、切り口から流れ出てきた。

それは、切腹という、残酷な死の行為とは裏腹に、艶やかで、みずみずし

く、生き生きとして、生命に満ちていた。

親父は、「うううううっ」と、腹切り刀を引き抜いた。そして、刃先を下

に向け、左手を右手にかぶせるようにそえた。

ゆっくりと鳩尾へ近づけるが、荒い息で刃先が揺れ、定まらない。

私はたまらず親父の横に、にじり寄った。

そして、左手で親父の肩を抱くようにして、右手を刀の柄頭ににそえた。

目と目が合った、嬉しそうだった。

「やってくれいッ」親父が短くそう言った。私は頷いた。

私は刃先を鳩尾へあて、そして、力一杯突き刺した。

「ぐあつッッ、、、ふふうゥゥゥッ」親父は叫んだ後、泣き笑いのような、

切ない呻き声をあげた。

愛しさがこみ上げて来る、それと同時に、猛烈な快感が体を走った。股間

のものが熱く硬直してくるのが分かった。

刀は無情に親父の腹を断ち割って行く、私の手に、親父のはらわたが切れ

る手応えが伝わる、そして温かい親父の血がかかる。刀は尚、親父の臍を

断ち切り、一文字に切られた切り口の上縁を押し切り、親父の下腹の繁み

を両断し、男根の付け根まで切って行った。

「切ったぞッ。見たか、これが、わしの、、、。わしの、十文字腹。」親

父が吐き捨てるようにそう言った。

「そして、、。こ、これがッ、わしの、はらわたじゃッ」と言うなり、自

分の血に塗れた右手を切り口にずぶずぶと突き入れた。手首が、はらわた

の中に埋まって行く。

親父の目が宙をさまよう、我と我腹の、はらわたの感触を楽しむかのよう

にまさぐる。

そして、「ぐああうゥゥゥッッ、、、、、。」と言う唸り声と共に、臓腑

の塊を、ずる、ずる、と引きずり出した。

小腸であろうか、桃色のはらわたが、朝の空気の中で、白い湯気をたてて

いた。

そして、汗に濡れた親父の背中からも白い湯気が立ち昇り、陽炎の様にゆ

らゆらとゆれた。

私は蠢く親父のはらわたを目の前にしてその美しさに圧倒されていた。

これが、切腹か。




                                        続 く 








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