越中フンドシは最高


                                         北極星 さん



時代が変れば風俗も変わる。江戸で銭湯がはじまったのは天正のころだ

といわれている。当時は
,男はみんなフンドシをつけて風呂に入った。今

時フンドシをつけて銭湯の浴槽に入る者はあるまい。しかし
, むきだし

では恥かしいという気持ちでフンドシをつけたり
, タオルでちょっと前

をかくしたりする気持ちは
, 昔や今でも変わらないようである。

 

べつな見方では, 持ち物がすぐれている場合には堂々と闊歩しても,気が

ねしなくてもいいが
,「こんなおそまつなものをお目にかけるのは恥かし

い」とも考える者もあるようである。

 

大正時代から昭和時代太平洋戰爭末期まで日本人成年男子の主な下着は

越中フンドシであり
,この期間は越中フンドシの全盛期であった。俺も当

然太平洋戰爭終戰末期
,旧制中学最高学年この方越中フンドシを愛用して

いる。

 

高齢期を越えたときめき物語りには,祖父も父も近所のおじさんたちも下

着はみんな越中フンドシという環境に育つた物心がついた小学校高学年

の男の子には
,多くの小学生が越中フンドシに憧れを抱いたり,或は小学

生でなくても成年男子が越中フンドシを好むのは少くないと記述されて

いる。
越中フンドシには,その他の下着にはない神秘的な魅力があるか

らであらう。そればかりでなく
, 越中は通風性がよく, 自然の摂理にかな

っている。もうその風影は昔話となったが
,当時は,夏の夕方風呂から上

った後
, 越中一丁で縁台に腰をかけ,道行く人々の沿衣姿を望めながら涼

をとるのは
,まさに夏の楽しみであった。

 

戰後はいろいろの原因から,例えば日本人の洋裝化,或は旧文化の否定な

どにより
,褌使用人口は大幅に減少し, 伝統下着の継承が絶えている。

 

伝統文化の継承を願いつつ・・・・・・。










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