堂々と越中ふんどしを




                                         初老(ういろう) さん



昨日、公営の日帰り温泉に行った。車で10分も掛からない。今年にな

って3回目だ。これまでは、たまに、地区の人達と行くことがあるが、

大抵は妻と二人だ。妻とは月に数回行っている。ささやかな贅沢だ。

 

私は越中ふんどしを、もう10年以上も常用している。妻の手作りだ。

だが、地区の人達と行く時はパンツをはいて行く。ふんどしのことは内

緒にしているからだ。だが、妻と行く時はふんどしのままだ。とはいえ、

これまでは恥ずかしいとの思いから一歩踏み出せずに、出来ることなら

人に見られないようにと、素早く着替えるようにしてきた。幸い、顔見

知りの人に見られたことはない。

 

だが、退職した今年からは、もう地区の人に見られても構わない、と思

うようになった。と言っても積極的に打ち明けたり、人の目に触れ易い

ように洗濯したふんどしを干すまでには至っていないが、知られた時、

どう説明するかは考えてある。

それは、・・・

・自分は軽いゴムアレルギーがあり長年苦しんできた

・最近、思い切って医者に診てもらったら越中ふんどしを勧められた

・それで、今年から締めるようになった

と、そう言うつもりでいる。妻のOKも出ている。

 

この話は自分にとっては作り話だが、実際にゴムアレルギーが原因で越

中ふんどしを締めているという人を知っている。私のメル友の一人で、

今も大学で幾何学の教鞭をとっている人だ。彼にとっては切実な問題な

のだ。

 

という訳で、昨日行った日帰り温泉では、こそこそ着替えることはなく、

むしろ、人の目に触れるように気を遣ったくらいである。とりわけ、爺

さんが近くにいる時などは胸がときめく。この道の人が感じる醍醐味だ。

風呂に入る前は、残念ながら近くに誰もいなかったが、風呂から上がっ

た時は、一つ隣のロッカーでシャツを着ようと苦労している爺さんがい

るではないか。初めて見る顔だった。ヤッター、と思った。

爺さんは、気の毒に右手が不自由で、左手だけでシャツを首からかぶっ

ていた。噴き出た汗を上手に拭きとれないためか、シャツが肌にひっつ

いて、なかなか着ることが出来ずにいる。

私は、越中ふんどし一つの格好で、「お父さん、手伝うよ」、と言って

シャツを着るのを手伝わせて頂いた。爺さんは、「引っ掛かってね、参

ったよ」と言って喜んでくれた。そして、私の越中姿に目が止まったが、

何も言わなかった。何か言って欲しかったのに。

 

それでも、少しだけ会話ができた。

『お父さんは近くなの』

「うん、○○だ」

『近いね。僕は△△。』

「そうか。そこに□□という大工がいたな」

『うん、棟梁はまだ若いのに亡くなったね』

「先代の親父も若くして死んだ、可哀そうな一家だ」

 

そうこうしている間に、私は着替えが済んだので、

『それじゃ、またね、お先に』

と言って手を振ったら、爺さんは

「ああ、どうも」

と言って、ニコッと素敵な笑顔を見せてくれた。なんやら、とてもさわ

やかな気持ちになれた。いい気分になれた。

 

これからも、堂々と、それでいて自然なタッチで、越中ふんどし姿を人

目に晒す・・・。これで今年は通してみよう。良い出会いを期待して・

・・。

おしまい





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