チビ爺さんの体験談 №3                  .




父親を捜す ③  .



気になるあの爽やかなお父さんに、もう一度会いたかったが、通勤電車が

踏切事故で駅が混雑したことで、あの父さんに会えた訳だ。

電車の事故は、そうそう頻繁に起きることではない。日常の通勤範囲では

爽やかなあのお父さんを、もう見かけることもなさそうである。

第一、何処の誰か全く知らないんだから無理と諦めていた。

 

それから、秋になって、ひと月くらい後の或る日、珍しく寝坊をして、

いつもの電車に乗り損ねてしまった。でも遅刻ではない。まだ余裕はあっ

た。

いつも乗る車両ではなく、気分を変えて、先頭から2両目のりこんだ。

運よくドア近くの座席が一人分空いている。さっそく座ろうとして、ふと

隣の乗客に目をやって私の心臓が止まりそうになった。あの爽やかお父さ

んだった。

諦めかけていた爽やかお父さんである。急に心臓が早打ちを始めた。

お父さんはまだ気が付いていない。小さな声で”お早うございます”と声

をかけた。

お父さんはこちらを見て、」暫くじっとこちらを見ている。そして、急に

思い出したのか

にこっとして、お父さんも小さな声で”お早う”と応えてくれた。

電車が走り出す。振動でお父さんと体が触れて、それが嬉しく暖かった。

暫く会話はない。お父さんは新聞を小さく畳んで呼んでいたのだ。

何処に勤めているのか聞かなくては話が始まらない。

 

「都心にお勤めですか?」  これだけ聞くのに、頭の中はパニック状態

であった。

普段、人と話をするのに全くそんなことはないのだが。

お父さんはにっこりしながら「まあ、都心ですね。大森です」と答えた。

ここからでは、まだかなり距離がある。「遠いですね」と言ってから

また沈黙である。すると、こんどはお父さんが「貴方はどちらですか?」

聞いてきた。会社名をいうと、良いとこへお勤めですね」 また、にっ

こりして
私をじっと見つめた。私の降りる駅に近づいた。このまま、ずっ

と並んで
座ったまま、お父さんの勤め先まで行ってしまいたかった。

お父さんに「駅ですよ」と言われて立ち上がった。ホームに降りてから、

動き出した電車を見送ってしまった。「今日は良い日だ」と独り言を言っ

てから、煙草を吸った。当時は喫煙してもうるさくななかった。

 

お父さんのいつも乗る車両は分かった。それから週に2,3回は挨拶を交

わした。

お父さんはいつも座席に座っていた。前に立つと席を譲ってくれる。慌て

て断ると
貴方が降りたら、その後、また私が座って行きますという。私は

15
分くらい座っていけるのである。私が降りると、お父さんはまたその席

に座って行く。

自分の乗る駅から、互いに相手の体温を座席で感じ取っていけた。お父さ

んはどう
思っていたか分からないが、私には幸せ感があった その間の会

話は新聞ネタか、
無言だったが、もう慌てることもないし、気づまり感も

無くなった。

 

私は親父さんのことは”お父さん”と呼び、私のことは”貴方”である。

思っていたより歳は若くないらしい。電車の中だけのお父さんが出来た。

それから半年くらい幸せであった。










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