チビ爺さんの体験談 №4                  .




父親を捜す ④  .



--- 終章 ---  .



6月に入って、お父さんと顔を合わせない日が半月くらい続いた。私も常

より早めの出勤の日もあるし、遅くて良い日もある。

しかし、半月は長い。珍しいことだ。どうしたんだろう。お父さんが健康

を損ねたのではないか、出張をしているのか、気になってきた。

 

そんなある日、これまでのように前から2輌めの車両に乗った。居た!い

つもの様にお父さんが座っている。新聞も手に持ったまま読んではいない。

「お早うございます」私は嬉しかったが声は静かに声をかける。お父さん

もこれまでと同じだった。静かに頷いて「お早う」微かにほほ笑んだ。

久しぶりの声だった。座席が空いていなかったので隣に座ることは出来な

い。「出張でしたか?」「そう、大阪です」心持元気がない。「お疲れで

しょう」と尋ねると、

お父さんはそれには答えず「次の日曜日、仕事はお休みですか?」と聞き

いてきた。

 

何か期待して良いような気がする。車両の中は静かだったが、私は「いえ、

暇です」元気に答えてしまった。

するとスーツの内ポケットから名刺を一枚と、ボールペンを取り出して、

揺れる電車の中で、時間をかけて何やら書き込んでから私に渡した。

これまでは、お父さんの名前も職業も聞いていなかったが、この名刺で名

前と仕事が経営コンサルタントであると知った。

といっても、その仕事がどんなものか私には分からない。裏を返して見る

と住所と自宅の電話番号らしきものが書かれている。

「今度の日曜日、計画が無かったら私に家にお出でなさい」とお父さんは

無表情で言う。胸の鼓動が激しくなる。

「今のところ用事はありません、伺います」。お父さんは席から立ち上が

り、私はそこへ座った。15分ほど座っていける幸せである。

お父さんは、いつもと同様、小さく折り畳んだ新聞を読み始めた。それか

ら会話はなかった。私は名刺を胸ポケットに丁寧に仕舞った。

 

そして日曜日、昼前11時ごろ電話をすると出ない。貰った名刺を見なが

ら、もう一度ダイヤルを回す。やはり出ない。少し不安がよぎる。

30分経ってから掛けると今度は直に出た。ほっとしたところで「私です、

今から伺います!」お父さんも即座に「はい、どうぞ」と明るい声だった。

お父さんは二つ先の、この路線の始発駅から来るのである。駅まで迎えに

出るというのを断って「見当つきます。捜します」と断った。

探す楽しさを味わいたいのである。二駅先の終点の駅で降りて、近くの菓

子屋で洒落た煎餅の詰め合わせを手土産を買う。

駅前の市内案内板を見ると偉く近い。余り捜す手間もなく着いた。近くに

小さな公園があって、静かな住宅街であった。

玄関前で手を振っている人が見えた。お父さんだ。こんなに近いのなら、

迎えに来てもらっても良かったかと思ったりした。

 

家は二階建ての比較的こじんまりしている。しかし、二階には上がってい

ないし、隣にも和室がありそうに思えた。

気になるのは家の中に家具類が見当たらない。閑散とした印象である。

お父さんは玄関に近い部屋に私を招き入れた。この部屋は六畳。小さめな

衣装箪笥と小さめの食事用の小さいお膳。

鴨居にお父さんのスーツが掛けてある。やはり生活感がない。私はまた無

口になってしまい、出された座布団に座った。

この部屋に続いてキッチンが見える。そこにはデーブルが見えない。「驚

いたでしょ」お父さんはそう言って楽しそうに笑った。

 

お父さんも座布団に座り、静かに事情を話してくれた。

お父さんは54歳 奥さんは6年前若くして癌で無くなった。今年4月

その妻の七回忌も済ませた。

子供は娘一人 職場結婚し今は大阪にいる。孫が一人。男の子で可愛いが

滅多に会うことが出来ない。

だいぶ以前から娘婿に誘われていて、大阪の孫の近くで暮らしたいと思う

ようになった。

5年間迷って腹を決めた。こちらの家は処分して、それも終わったのであ

った。この部屋はそれまでの住まいであった。

お父さんは東京での一人暮らしは終わることになった。東京の借りていた

ビルでの業務も閉鎖し完了した。

これからは、出来ればこれまでの経験を生かせれば不満はないと考えてい

る。

 

私は座ったまうつむいていた。せっかく見つけたお父さんがいなくなって

しまった。いつのまにか涙が出た。お父さんは私に近づいて、そっと抱い

てくれた。

「貴方には奥さんもあり、お子さんもあるんでしょ。お母さんも健在だ。

寂しいことなどないと思うがねぇ・・・」私は思い切りお父さんにしがみ

ついた。

「でも何故かお父さんが好きになったんです。僕は自分の父親に抱っこさ

れたことがないんです」私が生まれる前に父親が急死したこと。

子供のころから、どこか居るような気がして、父親を探していたような気

がしていること、それは決して消えない思いであるような気がすることを

話した。

「やはりそうですか、私と似ている」お父さんはつぶやくように私の耳元

で囁くように言った。そして更にしっかり抱いてくれた。

一時間程してお父さんの家を辞した。私はこの一時間を決して忘れない。










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