想い出の新世界


                                         花栗 さん


その3



 「いらっしゃい。クーさん」

扉を開けたとたんに、マスターと思われる年配の太った方がカウンターの中から、こっ

ちを見て挨拶するのが〇上さんの背後から見えた。

そしてその声に、カウンターの客が一斉に振り返った。


「まあ、クーさん、もう新しい子つれてからに」

「どこで引っかけて来たのかしら」

「相変わらずね~」

「アハハハハ」「フフフフ」「キャハハハ」

〇上さんがそれに応えるように笑った。

「ガハハハハ」

体型に似合わない豪快な笑い声に、ちょっと驚いた。


ほとんどの客とはお馴染みさんのようであった。

「どうぞ」

と、お客が1つ詰めてくれて、マスターが、端に丁度2つ空いてた席へ手で示した。

「ようこそ」

と熱々のオシボリを手渡してくれた。

「大阪へ行って来たの?」

とマスターが尋ねたが、「いや…」と少し濁す言葉で顔も少し曇らせた。


マスターは、でっぷりと肥えてお腹の大きな、七十歳前後であったろう。

どこの会社かは忘れたけど、定年後に店を始めたように後から聴いたと思う。

背は160程だったようだ。体重は80はあったのではなかろうか。

頭はもう薄く、かろうじて白髪の短い髪があったように思い出す。

フケ専で、自分と似た体形が好きだったようだ。

そして下着は「越中ふんどし」であることを〇上さんから在る日遊んだ後で聴いたこと

がある。

〇上さんは「ふんどし大嫌い」な人であった。

いつも白の、キャラコ地の、いわゆる昔からあるパンツを穿いていた。

夏はその上に、ステテコで、上はランニングであった。

その頃は僕もまだ越中ではなかった。関心があるくらいだった。


カウンターは、8人で一杯なほどで、背後に小さいテーブルに向かい合わせで1つず

つ。そのテーブルが2つきりだったと思う。そして奥に、靴を脱いで座る二畳ほどのス

ペースがあった。

でもそこは、よほどの断れない客の場合に使う程度で、ふだんはカウンターとボックス

席に空きが無くなると「ごめんなさい。満員なの」と扉を開けた客にお断りをしていた。

顔馴染の客だと満員でも入って来て馴染の客と話たりしてるうちに「ここ詰めてあげる

わ」と、一人分の席をどうにか譲り合って空ける。

どこの店でも似た感じでしょう。そのための折りたたみの椅子など1つ2つは用意して

あるでしょう。


 まだカラオケは映像の無いテープだけの頃でした。

でも、この後レーザーディスクになったのは間もなくだったと思います。

この「マルサン」はいち早くレーザーにしたようです。

思い出すに、テープの頃にはあった良い曲もあります。


カラオケの好きなお父さんでした。

この日もビールを1,2杯飲むや「お父さん(マスター)ふたり酒、かけて」と、さっそくもう

マイクを握っていました。

「クーさん、誰とよ♡その子とかぁ~」

スーさんと呼ばれてる年配のおデブさんが口を入れます。

「〇クちゃんはどうしたのよ」

と今度はサーちゃんと呼ばれてる、色白ぽっちゃり小デブで白髪にもうほとんど近い60

歳前後のチョビヒゲが口を挟みます。

すると、その言葉にマスターの顔が、サーちゃんを見た目がちょっと叱るような「メッ!」

といった感じでした。それは「今は、この子と居るのによけいなことは言わないの!」

と云ったように思えました。

後で帰ってからそう思えたのです。

何せ、この一歩入った店の、初めて経験する賑やかな空気は圧倒されるばかりでし

た。


こういう店に経験が無いわけではありませんでした。

僕は22歳のときに京都に来てから、しばらく仕事に慣れるまでは仕事場と間借りして

た家とを往復するだけでした。

とはいえ若いからせんずりばかりでは辛抱できません。

その頃、銭湯に行ってて、そこで知り合った70歳くらいの方としばらく付き合いました。

が、正直なところ、あまりタイプではなかったから次第に離れて行きました。

それでもまだ四条河原町の賑やかな方へ出かけてみようと言う気にはなりませんでし

た。

それは、まだまだ仕事をという気持ちからだったでしょう。

それでも「遊びたい!」という気持ちが沸き起こってくるのは若さゆえ仕方ないでしょう。

それで間借りしてた近くのポルノ映画館へ日曜日に毎週のように行くようになりました。

それは、やはり「何となく」です。田舎にいたときの経験からでした。


いつもガランとした客の入りで、後で知った四条大宮の、お父さんと知り合った映画

館とは比べものになりません。

それでも、やはり10人ほどはいつもお仲間が居て、年配者も数名はいました。

そんなある日、知り合った方がいました。

60過ぎた位ではなかったでしょうか。

この方に連れられて行ったのが「味」という店でした。

後でわかったのですが、京都では1,2番目くらいに古い店だったようです。

西陣の方だったと思います。当時、路面電車が、僕が行った年までは走っていたよう

に思い出します。

その乗り場が、まだ残ってた道路を渡って、いろんな店が並んでる通りの、狭い路地

を入った奥に、古びた感じの「味」がありました。

マスターは70代の後半だったのではなかろうかと今、顔を思い浮かべています。

四国出身で、いずれは田舎に帰るようなことを言ってました。

相手は、30代だったでしょうか。大阪から仕事を終えて、遅くに手伝いにやって来て

いたようです。

名前はもう思い出せないのですが、その後、新世界で「あじ」として岡山のイッちゃん

とスナックをしていました。

イッちゃんも歳をとり、田舎に帰ったように風のうわさで聞いています。


その「味」は、カラオケを置いてなかったように思います。

僕も歌ったことはありませんし、お客も歌ってるのを見たことがありません。

マスターも相手もおとなしい人たちでした。

何人か座れるカウンターの後ろの部屋に、冬は電気こたつがありました。

ちょっと照れる恥ずかしい思い出ですが、そのこたつでズボンとパンツを脱がされたこ

とがあります。

その映画館で出会った方に連れられて初めて行った日です。

お客は他にはいませんでした。

3人に見つめられて、掛布団をめくった赤外線の灯りに照らされた僕のちんぽは、酔

っていたにもかかわらず勃起したままズクンズクンとしていて、「ほおー」とか言う声を

聴きながら、触られる手の感触に、よりズクンズクンとしては先走り液を、充血しきった

赤い先に溢れさせていたでしょう。


この知り合った人とは、この後近くの旅館で泊まりました。

数回ほど、ほんの短い期間つき合いました。

とにかく、アル中に近いほど酒の好きだったようです。

別れた理由は、浮気者だったからです。見たわけではありませんが。

一人で行ったある日、マスターからそのように聴かされました。

後で思うに、「あんまり本気になってはいけないよ」という気持ちからだったのではな

いかと、そう思いました。

〇〇大学の先生でした。

優しい性格で、好きだったんですけどね…。


横道にだいぶ反れてしまいました。

カラオケは「8トラ」とかいう機械の頃です。大きなカセットテープです。

でもマルサンは小さいテープもあったように思い出します。

機械は高そうな良い音質で、マイクもとても良かったようです。


「クーさん、素敵よ~!」「今日はいちだんとお上手♡」「声がよく出てるわよ。遊んで来

たのかしら」

と、マスターが「まっ!」と合いの手のように入れ、ワーワーキャーキャーとこんな調子

です。

〇上さんのクセなのか、それでリズムをとっているのか、歌うときに持ったマイクを口

元で回しながら歌う人でした。

ビールをグラスに受けるときも、それを口に運ぶときも、小指がいつも、ピーンと立って

いました。

ともあれ、初めて耳に目にする賑わいでしたから、とてもその場では頭も気持ちも、そ

のまんまを受け入れてるだけの状態でした。


後から一人になって、翌日にも次の日にもというように、時間をかけて頭の中を整理し

て行くうちに、一瞬くもったあのときの、〇上さんの胸の内がわかりました。

それは、大阪に付き合って来た僕と同じ歳くらいの人が居たのですが、つい最近、相

手が近いうちに結婚するために別れたようでした。

その、別れてポッカリ淋しい気持ちのときに、僕と出逢ったというわけです。


 スナック「マルサン」に1時間半ほど居たでしょうか。

ビールは中ビンだけど、注がれてるうちに2本は飲んだでしょう。まだそう飲めない、と

いうより普段は毎日飲まないころでしたから、僕はほろ酔いを通り越していたでしょう。

階段を下り、もう帰路に向かうのかと思ったら、「「雅」に行こうか」と、自分ももう赤い

顔してるのに、もう一軒行こうと、先になって歩き始めました。


「何か食べようか。お腹空いたやろ」

と、途中の「さと」かどこかで何か食べたように思い出します。

そして、寺町通りを抜けて行ったのでしょうか。

「ああちょっと酔うた。雅にちょっと寄って帰ろか」

と少しフラつくような、笑い声とは対照的な、おぼつかない足取りで先を歩いて行きま

す。

信号を渡り、少し行くと、もう辺りは暗く夜6時近くになった中に「雅」の看板が見えまし

た。

僕はそのとき何故か、先ほどの「マルサン」で、マスターが〇上さんに話していたこと

を、マスターとその人が遊んでる姿を、看板の上の、夜空に思い浮かべました。


それは、「この間、北海道から来た子(子といっても年配です。そういう言い方をします)

の息子の大きいこと!びっくりしたわ!ビール瓶くらいあったのよ」と、手つきまでして、

そのときのことを思いだしてまた興奮したような顔つきだったのです。

オネエ言葉を使いますが、けっしてナヨナヨとはしていません。

そういうものでしょうね。和らげる雰囲気のため、それが自然なのかもしれません。

でも、次に行った「雅」はマスターも、一緒に手伝ってるお父さんも、言葉つかいは男

らしいとは行かないまでも、オネエでは無かったように思い出します。


向かい側にも何か店があったように思うのですが、そこは思い出せません。

反対側に、3軒並んだ入口の店でした。扉ではなく、2枚か3枚戸の、ガラス戸でした。

だから、外からカウンターに座ってる客の背中が見える店でした。

今はもうありません。この路地にあった店、建物自体、新しくなってるでしょう。





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