想い出の新世界


                                         花栗 さん


その8


僕は○上さんに出会うことを避けて、ひとり「半田屋」へ入ってビールを

飲んだ。

路地の映画館前にある居酒屋である。今でもあると思います。

○上さんはこういう店には来ないということを知っていて、安心感もあっ

た。

僕はスナックの雰囲気も良いけど、向かい側のカウンターの客など見て、

ぼんやりと過ごす居酒屋の雰囲気も好きだった。今でも。

すぐ向かいには、ハッテン場として有名な映画館「公楽座」があったが、

まだそこがハッテン場と知る前であった。もしそのとき知っていたら迷う

ことなく入っていただろう。

上映されてる映画は、僕が好きな邦画の古い映画ばかりだったし。

その日は、そう惹かれる映画では無かったかもしれない。

ここの「半田屋」には、その後のことですが、スナックで見かけた人もよ

く見かけました。

         -             -

「半田屋」を出てもまだ帰るには早い時間であった。

それでも、ディスカウントの店を覗いたり、「マルトミ」の安売りの衣服

を見て、『もう帰ろう。そして、「雅」に寄って帰ろう』と、最終で帰る

ときに乗る「恵美須町」の地下鉄乗り場へと歩いていたら、「しぶ柿」の

看板が見えた。

いったん、目をつむるように通り過ぎて、足を止めた。

少し酔っていた勢いだった。迷う心に逆らうように引き返した足は、その

まま賑わいの聴こえる扉を開けた。(出逢うかもしれない)と思いつつ。ド

キドキと、期待と…。

だが、満席に近いボックスの中に〇上さんの姿は無かった。

ホッとしたような、ガッカリした気持ちであった。

「京都の彼、ここへおかけなさい。」

とテーブルの間を忙しそうに給仕していたYちゃんが、空いてたボックス

の席へ手招きした。

二つ分空いてた席へ座った向かいは、アベックのおじいさんであった。

互いに目で軽く挨拶をした。どちらもおとなしそうな70代のカップルで

あった。

「彼、何にする?」と訊いてきて、たのんだビールを運ばれてきた。

Yちゃんが膝を着くようにしてテーブルに置きながら、こう言った。

「今、クーさんと○クちゃんが帰ったとこなのよ。」

残念ネ。とは言わなかったが、付け足した言葉に、ビールを受けてグラス

を持ってる手が震えそうになった。

「クーさんには、〇クちゃんが居るのよ。」

何だか言葉の端に、「追いかけてもムリなのよ」と、釘を刺された思いで

あった。

「○クちゃんとはもうずっと付き合っているのよ。」

話しぶり、仕草はやわらかであったが、思い過ごしか、僕に対して少しト

ゲを感じた。

そして、それはそうかもしれないと思い出した。

それは、〇上さんのアルバムに写っていた四人旅行の写真の中に、〇上さ

んに寄り添っていたのは〇クちゃんだったと…。

吾ながら、何と鈍感なのだろう。Yちゃんと、Yちゃんのお父さんと、そし

て○上さんと○クちゃんだったのだ。

誰かが歌ってる「大阪しぐれ」が○上さんが歌ってた姿を思い出させる。

もう、ベソをかく思いであった。あまりにもみじめでナサケナイ。

何か感じたのだろう。向かいのおじいさんが「どうぞ」とビールを注いで

くれた。

目をパチパチさせながら目を合わさずに。

見知らぬおじいさんの優しさが沁みた…。

        ◇              ◇

「菊ちゃん(マスターが付けてくれた僕の名です。)いらっしゃい。」

「雅」には常連さんが数名と、初めて見る人が2人ほど居た。

ホッした思いで椅子に腰を下ろしたものの、ビールを注ぎながら僕の顏を

覗きこむように言ったマスターの言葉に、寄ったことを後悔した。

「今○上さんと○クちゃんと来てたとこや。「都」に行ってるワ」

そう言い終わるや否や「ガハハハハ」と、〇上さんの豪快な笑い声が聞こ

えて来た。

「都」は3軒並んだ奥の店だ。「雅」より少し狭く、6、7人でもう一杯

の店だった。

その間にノンケの店があって、ピンク電話を「雅」と共有して使っていた。

隣との仕切りの壁に、電話を載せた台をそのまま隣へ移動できるよう、小

さな四角い穴をカラクリのように開けてあった。

その向こうの「都」から聞こえてくるほどの〇上さんの笑い声であった。

その声が聞こえると、複雑な思いで、『逢いたい!…けど、逢えない…。』

と、切なく辛かった。

先ほど、「しぶ柿」で座った椅子のカバーを撫でた手に、〇上さんの楽し

そうな顔が浮かんだ。

もう忘れる思いであったはずなのに、消しきれなかった火がくすぶり始め

た。

笑い声を耳にして、複雑な沈んだ表情になっていたのかもしれない。

「なあ、菊ちゃん」とマスターの相手のお父さんが気遣ってくれる。

歌う「ひとり酒」がよけいに胸に沁みる…。「だめじゃないかと叱ってく

れる~やさしい言葉が欲しいのよ~ 」

隣に居た○本さんが僕のそんな気持ちを察して村田英雄の「花と龍」を歌

ってくれる。特に気持ちを込めて歌ってくれる箇所の歌詞に、〇本さん自

身にも言い聞かすように。

「…恋も未練も波間に捨てる~それが男さ それが男さ~ 」

少し変わったタイプが好きだったようだったけど優しい〇本さんであった。

マスターのお父さんに、こういったことから仄かに、密かに思いを寄せる

ようになっていた。

最後まで密かな片思いではあった。

 

         ◇           ◇

○上さんを思い切る気持ちでありながら、電話がかかって来るのを心のど

こかで待っていた。

だが、かかって来るはずも無かった。今は元に戻った○クちゃんと楽しい

週末、日曜日を過ごしているだろう。

僕は、あえて、どんどんと○上さんから遠ざかろうとしていたのだろうか?

そういう自虐的な気持ちが全く無かったこともないとは思うが、99%は、

初めて知って行く新世界の雰囲気に惹かれて、さらに奥へと好奇心に溢れ、

ドキドキしながらワクワクと、もうブレーキが利かなくなっていたのだ。

その日の日曜日も新世界に来ていた。

今ほどの活気はなく、どちらかというと斜陽の街であった。

そんな中で、路地のこの世界の店だけ異様なほどに賑わいを見せていた。

 

思い切る気持ちはあってもまだ心のどこかで思ってる矛盾。

そのため、やはりスナックは避けた。まして「しぶ柿」には絶対に行くま

いと。

その日も先週のように居酒屋で一杯飲んだ。ジャンジャン横丁にある安い

寿司屋だったかもしれない。

ほろ酔いになると、ムクムクとスケベエ心が湧きあがるものだ。何故なん

だろうか。

そんなことは冷静なときに考えてみよう。

ぶらぶらと半勃起させて歩いてたかどうか、僕はまた茶臼山へ歩きに行っ

た。

本能的にイカガワシイ匂いを嗅ぎ分ける能力?があるのか、高台から下が

った繁みの蔭に、直感で何かしてる二人を見つけた。

気づかれないよう身を低くしてしばらく見ていたが、石段を誰か上ってく

る靴音が聞こえて、その場を離れた。

いわゆる「ヨゴレ」風な、毛深く丸禿げの少し無精ひげの伸びた、60歳

位なデブが胸近くまで衣服を上げて大きな腹から下を丸出しにして泣くよ

うな顔で尺八をされていた。

しゃがんで玉袋を手のひらで重さを計るようにしながら、一方の手では毛

むくじゃらな腹を撫でまわしていた。

そうしながら、ビンビンに勃起させてる男のマラを口いっぱいに頬張って

は、口から抜いた充血しきったマラを口から糸でつながらせたまま愛しそ

うに見ているのだった。

男は早くいかせてくれと云うように腰を突きだして、じれてるふうであっ

た。

        -              -

パンツの中はもう先走りで濡れていただろう。

興奮したまま前を突っ張って歩いていたかもしれない。

茶臼山からどこをどう歩いただろう。

広場には行かなかった。

心の濁った好奇心の泉に、プクプクとまた新たな性の欲望が湧いてくる思

いだった。

泥の温泉にプクポクと湧きだしてる泡のような。そんな思いだった。

ふわふわとした気持ちで歩いていて、ふとサムソンで読んだ記事の中の「

竹の家」に行ってみたくなっていた。

記事の記憶を頼りに、とにかく西成の商店街へと向かった。

始めて足を踏み入れるアーケードを(どこだろうか。この辺りだろうか?)

と、(確か、載ってた看板の写真は、路地だった)と、細い路地の上に「竹

の家」と看板のあった写真を思い出し、後は勘だけが頼りだった。まるで

方向音痴な僕が。

そのため随分と違う路地を歩いて無駄足を使った。

そして、少し「く」の字に曲がってアーケードがいったん途切れてすぐま

たアーケードに入った所の食堂兼一杯飲み屋のような古い褪せたのれんの

店から、現場監督でもしているような年配の男が赤ら顔で前をもうベルト

を外しなが出て来たと思ったら、すぐ目の前を人が歩いてるのが全く見も

せずに少し斜めに空き地を覆った金網のフェンスの下のブロックに向かっ

て放水を始めた。

低い金網だから少し遠くからでも丸見えだったのだ。

その男を見た人しか気づかないから、大勢が歩いていても案外と気づかれ

なかったのかもしれないが。丁度出て来た所から見たので放水の途中まで

見た。

すぐ前を歩いていたコート姿の年配者は、もしかしたら急に目覚めたのか

ノンケだったかどうかはわからないけど、歩みを止めるほどのノロさでマ

ラを食い入るようにして見て通っていた。

僕はつい、そんな横顔を見つつ、追い抜いてしまったけど。もう少し見た

かった思いだ。

その赤ら顔の男はビールでもしこたま飲んで、よほど満タンだったのだろ

う。女将と色話でもしてたのか、ニヤニヤとしつつ、うわの空で竿に片手

を添えて、出るのにまかせてるふうであった。

その小便は、太く真っ直ぐに迸る、ものすごい勢いであった。

 
               

「竹の家」を探しながらその今見た男のマラと、茶臼山で見た尺八の光景

と頭の中で、酔いも手伝い、ほろほろと発酵するように一緒くたになり、

これから訪れる「竹の家」と重ねて、勝手に妄想するのであった。

果たして、どういう所なのだろうか?





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