想い出の新世界


                                         花栗 さん


その13




 初めの頃は、ずっと目をつむって顔をしかめて辛抱していたようですが、

回数を重ねるうちに、苦痛の表情を見せるのは、カリが入ってしまうまで

になりました。

あるとき、両足を抱えて腰を動かしていて、ふと目を閉じてる顔を見たら、

頬を紅潮させて気持ち良さそうな表情をしていたのです。

悶えるように、尖らせた口から舌先を覗かせて、唇を舐める仕草をしてい

ました。

無意識に悶えてそうしてたのでしょう。

そんな、目をつむったまま口を半開きのまま、気持ち良さにポッと紅潮し

てる表情を見ながら、腰を浅く深く自在に突いて、フィニッシュに行くま

で出来るだけ長く突く喜びったらありません。

どう腰を動かして、どこを突けば、より善がるかを探る楽しみです。「ぁ

ぁ 」といった表情を見るのが楽しいのです。

そしてそんな表情で、顔をのけぞるようにして小さく善がると、さらに燃

えます。『もっともっと善がらせたい!感じさせたい!』と更に興奮して、

腰の使い方も激しさを増します。

 

 もう僕は毎日でもしたいと思うほど好きになってしまっていました。

実際、夜泊まってして、朝に出かける前にして、そして昼休みの間に急い

で行ってして、再び仕事場へ帰ったことがあります。

若かったし、好きで好きで堪らなかったから出来たんでしょうね。

恋の炎が、愛の炎が最高に燃え上っていた頃だったと思います。

 

余談ですが、後になって思い返したとき、その頃の「恋の力の不思議さ」

をつくづく思います。

具体的に云うと、「人に優しくなれる。」「どんな人にも。」など、自分

で驚くほどの冷静な気持ちがありました。

初めて接する人の、どんな場面でも、心の中にある「良い心」が見えたの

です。

それが見えると、その人の顔も、良い表情になるから不思議でした。

厳しい修行を、何年、何十年と積んだ坊さんが、ようやく身につける洞察

力、瞬時に見抜く力を、○上さんに恋したことで僕は、いとも簡単に身に

つけたのです。

ある女性から(仕事関係)こう言われたことがあります。

「○○君と話していると3歩先まで読まれてしまう!」と真剣な眼差しで。

(この人は後ろめたい気持ちがあるから)

3歩先はどうかわかりませんが、相手が今度何と言うのかが読めていまし

た。何故かわからないけど見えてしまうのでした。

 

 けど、そんなことは長くは続きませんでした。

○上さんを「好きで好きで堪らない!」気持ちでいた間だけでした。

「出来ることなら、お父さんをいつも懐に入れておきたい!」

朝から晩まで毎日そんな思いでいた間でした。

激しい恋は、○上さんと別れてからは、あと一度だけあります。

が、○上さんのときのようなことはありませんでした。

実に不思議な体験でした。心理学者、科学者か誰かに聞きたいほどです。

 

         ー           ー

 

 毎年、盆と暮には帰省していましたが、その年の暮は○上さんの家で過

ごすことにしました。

帰省するつもりでしたが「正月は田舎に帰るんか?もし帰らないなら家に

来たらいい。」という言葉に迷ったのです。

迷ったあげく、「友達と旅行に行くから。」と、ウソの電話を田舎へしま

した。

 その、年末の休みに入った日だったでしょうか。○クちゃんが訪ねて来

ました。

僕とお父さんと、炬燵で夕飯を食べ終えてテレビを見てた頃だったように

思いだします。

玄関の戸が少し開いた音がして誰かの声がしました。

音に気づかないお父さんに、「誰か来たよ」と教えると、「うん。そう?」

と新聞を読んでた老眼鏡を外すと、立って見に出ました。

声を荒げた様子ではありませんでしたが、○クちゃんの話す少し大きな声

が聞こえ、お父さんの声もしていました。

何と言ってるのかはわかりませんでした。二言三言といったほどで、その

後途切れて、途切れて戻って来る足音が続いてると思ったら、戸を半分開

けて立った向かいの、土間の収納庫前に、ちょうど土間を挟んで目が合う

位置に腰を下ろしたのです。

○クちゃんと目が一瞬合った、初めで最後でした。

その一瞬合った目の中に、僕は、『○上さんと付き合ってる子がどんな子

かを見たかった』という気持ちを見た気がしました。

そして、○上さんを二股かけてた後ろめたい気持ちを。

○上さんと僕とがまだ付き合ってることを「雅」か「都」で誰かに聞いて、

酔った勢いでここまでやって来たのでしょう。

大阪で誰か客から聞いて来たのか、それとも、別れたけれど諦められずに、

ふっと思い立ち、京都に来て、馴染みのある「雅」か「都」で飲んで、そ

れで酔った勢いで気持ちを抑えられずにそのまま足を延ばしたのか…。

 ○上さんから「雅」で、別れたことを聞いた後に、電話がかって来てた

ことがあります。傍にいて雰囲気で、尋ねないままにしたけど、電話を取

った話しぶりで、○クちゃんからだったと思います。

未練の、あきらめきれない電話だったのでしょう。

 

 ○クちゃんは、腰を下ろした台に座り込んで、話し込んで行くつもりで

来たのだと思います。

それが、すぐさま僕と目が合い、反らしたまま下を向くと、何か急に抜け

てしまったようでした。

やがて、何もしゃべらず、少し涙のにじんだ目の横顔を見せて、諦めの背

中で帰って行きました。

静かに沈んだ空気が流れて、お父さんもしゃべることもないままでした。

玄関まで無言で見送り、少しうなだれて戻って来ました。お父さんもうっ

すらと目が潤んでたように見えました。

 僕はこのとき、○クちゃんが来たので帰ろうと炬燵から立ち上がりかけ

たのです。

それを「かまへん。帰らんかて。」と言ってくれたのです。

立場が逆転してしまったような感じでした。

 

 お互いに責めるところがあり、お互いに未練はあるのです。

だけど、その互いの未練の糸が、もう結べないのです。

○クちゃんが帰ったあと、「あの子もいい子なんやけどなァ…」とつぶや

いていました。

 

 静かな暮れ。

晴れてふたり。僕とお父さんとの正月がやって来る。

台所から棒鱈の匂いがしていました。

生臭さを避けるように炬燵蒲団を捲ると、赤い火に、お父さんの股引の股

間がなまめかしく見えていました。






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