想い出の新世界


                                         花栗 さん


その15




 物持ちのいい僕ではないから何か不思議な気さえするときがある。

それは、30年ほど前の正月に、キタの「小太郎」で記念品にもらったボ

ールペンが、まだ手元にあるのです。

キャップの「小太郎」の文字は、もういつしか消えてしまったけれど。

替え芯を替えてまだずっと使えるから、今は大事な想い出の一つとして引

き出しに仕舞ってあります。

昔の太い万年筆に似た形で、重量もそれなりにあります。

(いたずらに、部屋でひとり遊びに使ったこともあったっけ)

黒いパイプならぬ、ボールペンに想い出にじむ…。

 

 お父さんと楽しい二人だけの正月も終わりました。

初詣は、伏見のお稲荷さんへ行き、そのまま京阪で大阪へ出ました。

キタは「小太郎」「萩」と、どこかの店が行きつけだったようです。

それらの店に行っても、やはり最後は新世界の店で落ち着くといったパタ

ーンでした。

新世界は「しぶ柿」「清作」「太郎」「右近」「あじ」「もり」「三吉」

「栄吉」「飛鳥」などなど思い出しますが、お父さんは「栄吉」や「飛鳥」

といった店には行かなかったようです。

それは、フケフケの店だったからです。60歳以上はもう全く興味ないと

いった感じでした。

「お爺さんばっかりや。」と、自分の年齢はタナにあげて、それらの店の

前を通るとき、ぼやいていたことがあります。

 仕事が始まると、忙しさもあって正月ボケもすぐに治り、いつものリズ

ムに戻ったのですが、当時は好景気の続いてる時代で、遅くまで仕事に追

われることも度々でした。

そのため、逢えない週もあり、飛び飛びの日曜日にやっと逢うということ

が続きました。

二月になり、もう梅も咲いてた頃だったでしょうか。電話で、奈良の月ヶ

瀬に梅を見に行こうかと話をしていました。

そんな、『やっとゆっくり逢える!』と、息子が勝手にもう先走りでパン

ツを濡らすほどにツンツンと、前を突っ張らせて、息も弾ませて訪ねたと

きのことです。

出町柳に買い物に行って来て帰ったところだったのか、開いてる中に自転

車の見える玄関を入り、声をかけながら奥へ行き、のれんから見えた久し

ぶりの顔に、嬉しさいっぱいの顔を向けたときです!

嬉しさと同時に、一瞬(おや?)と思ったのです。

お父さんのいつもと変わらぬ笑顔の中の、(何かが違う!)と感じたのです。

『何か変?!……?』

 それは、目に、はっきり現れていました。

僕の知らない「誰か」が映っていたのです!

その、濁りのない澄んだ瞳の中に…!

一瞬、すぐ傍にいるのに、とても遠いところにいるような何とも説明でき

ない距離を感じてしまいました。

「出町から帰ったとこや。」

そう後ろ向きに言いながら、冷蔵庫に何か入れてる背中はお父さんそのも

のでした。

「寒いなァ。早よ上がってそこ閉めてよ。お昼食べて大阪行こ。」

僕は、そんないつもと変わらない背中を横顔を、ずっと目で追いました。

僕の思い過ごしであることを祈る気持ちだったかもしれません。

水屋から茶碗を皿を取り出す仕草を、ご飯をよそる仕草を、食べ方を。

「ほら、ちんぽや。これ、おまえの好きなちんぽやで。」

と、惣菜店で買って来た鶏肝のしぐれ煮を「お食べ」と茶目っ気ぽく、冗

談言うのはいつもの顔ではあった。

少し戻ったような気持ちになり、僕も単純なところが似ているのか「ほん

とに、先っぽそっくりや。ワハハハ」と食べてはいた。

が、向かい合って食べてるそのどうかした拍子に、笑った目の中であって

も、僕の知らない人の影がチラチラと見えるのでした。

そして、それは、どうかした仕草にも『あれっ?』と。

これまで見たことのない微妙に違う仕草を、話すとき示す指先や顔の表情、

向け方のうちにも見たのです…!

『やはり、何かこれまでと違ってる!初めて見る仕草だ…!』と、それは

とても届かない距離でした。

たまらない不安に襲われたのかもしれません。

心の中で保っていたバランスがもう保てなくなっていたのかもしれません。

 

 後片付けも済んで、流しかトイレに立った後ろ姿が、もうそのままどこ

か遠くへ消えてしまいそうにさえ見えました。

胸いっぱいの悲しさと淋しい気持ちに押し出されるように涙がぽろぽろ溢

れてきて、あんなに泣いたのは子供のとき以来だったでしょう。あとから

あとから頬を伝い、手で拭っても拭っても衣服へと落ちました。

炬燵に戻って来て「どうしたの?!」と驚いた声で覗き込むようにしたが、

それがまた歯がゆい気になり、しゃくり上げて泣いた。

「どうしたのよ、菊ちゃん」

と、僕が泣いてる理由などまるで感じていない。その言葉の優しさにさえ、

「うわの空」な気持ちを感じ見た。僕の知らないとこで、「今、楽しくて

仕方ない」という気持ちを。

(後で思ったが、本人は自覚していたかどうかはわからないが、それは、恋

だったはず。お父さんは「恋」をしていたのです!
)

だから、普段よりも優しい気持ちになって言葉をかけたのです!

僕ははっきり『うわの空のくせに!』と、そんなふうに思ったかもしれま

せん。

なぜ泣くのか、全く理由がわからないといった顔に、気持ちをぶつけまし

た。

「お父さんの目の中に僕の知らない人が見えるんや!いつものお父さんと

違う!」

一瞬、たしかに驚いた目をした気がしたが、それをごますためか、手を伸

ばし、傍にあった手拭で涙を拭ってくれた。

「お父さんが、遠くに遠くに見えて仕方ないんや…!」

そういってまた涙を零した僕に、少しゆっくりと「あほやなァ。わしが好

きなんは菊ちゃんだけやないか。」とまた拭ってくれながら言ってくれた

が…。

 重苦しい空気というより、僕が泣いた「涙を打ったような静けさ」とい

った二人きりの部屋の空気だったろうか。

僕をなだめる気持ちと、気分を一新したい気持ちからだったろう。その予

定でもあったのだが。

「大阪へ出よか」と、もうその気になって箪笥の方へと立った。

いつもなら遊んでから出かけるのだけど、そんな気分にすぐには切り替え

るすべが見つからなかった。涙はもう止まっていたけど、胸がまだヒクヒ

クしていた。

それでも、その言葉に、しばらくぶりの新世界の空気を思い浮かべて、ヒ

クヒクしてた気持ちがおさまって行った。

 

 「地下鉄動物園前」を上がったところのパチンコ屋にいそいそと入って

行く後ろ姿はいつもと変わらずであった。

僕も付き合いで時間をつぶした。僕は負けたけど、お父さんはこの日、珍

しく買った。

打ちひしがれてる僕には、さらに打ちひしがれさせる。(神よ、アンタって

お方は!
)

入口付近でジャンジャン町へと行き交う人々を見て待ってると、お父さん

がニコニコと、お金と替えるケースをいっぱい両手で包むように持って現

れた。

 パチンコが買ったからではなかったろう。僕に『すまない』と気持ちも

込めてからではなかったか、お風呂に入った後、早めの夕飯は「づぼらや」

で、てっちりをご馳走してくれた。

もうこの頃は「○クちゃん」の名を出すことはなかった。そのことは嬉し

い気持ちだった。

が、そのときも、どうかしたときの仕草に、これまで見たことのない動き

を見る気がした。それは、特に嬉しい顔をするときに見られた。箸を持っ

てる手の動きが、微妙にこれまでと違うのだ。そのときの笑顔、のけぞる

ように動く首の角度も。初めて見る表情であったから…。

 

 スナックはいつもの店に寄ったが、「○郎」は、僕はまだ2度目だった。

他所の店で顔見知りになったヒロちゃんとお父さんのカップル、コマちゃ

んと奈良の80過ぎのお爺さんのカップルも来ていた。
(四人とももうこの

世にはいません
)

マスターは70過ぎか半ばだったでしょうか。スラリと背が高く白髪の五

分刈りで口髭も白かったです。昔の人らしい、いつも背筋はピンと伸びて

いました。和服だったように思います。

田舎は近県だったのでしょう。80過ぎて、半ばくらいだったでしょうか、

店を閉じた後も新世界にときどき来ていたようです。10年前に、通りす

がりに入った店で出会ったことがあります。マスターも通りすがりにフラ

リと寄ったようでした。とても物静かな感じの人でした。

店での印象は、少しきつい気のある感じもしましたが、店をしている以上

は当たり前だったでしょう。器用で、メカにも強いのか、自作のカラオケ

ビデオをこしらえていました。そこに書かれていた歌詞が、とても達筆で

した。印象に残っています。

店には、カウンターの中に、レーザーディスクの係りをしてる人と、マス

ターと、もう一人いたように思います。

そして、ボックス席へ運んだりしてたお爺さんが二人いました。ときには

カウンターの中で手伝いをしてたかもしれません。

どちらもマスターと同じくらいの年齢か、もう少し上だったかもしれませ

ん。

背はマスターとは対照的に、150センチ無かったでしょう。二人とも小

柄で少しぽっちゃりでした。

どちらもおとなしい感じのお爺さんでした。

でも、後で帰りの電車の中で○上さんが言うには、一人の方は、きつい性

格で、もう一人のおとなしいお爺さんを苛めるんだと聞いて驚きました。

○上さんがトイレに立ったとき、何か話をお爺さんとしてるときに、直接

聞いたのか、誰かから聞いたことなのかはわかりません。

「へー!ほんまかいなと、わしもビックリや。」と言ってた顔を思い出し

ます。

まさか、セックスのときに苛めていたのかどうかはわかりませんが、もし

かしたら、嫉妬していたのではあるまいか?

と、僕は後で、そんな想像をしました。その訳は、これも○上さんが驚い

ていたのですが、マスターを中に、三人は毎晩、川の字で寝ていたのです!

二人のお爺さんも和歌山かどこか近県から来ていたのでしょう。一人は地

元だったかもしれません。

店の二階で寝泊りしていたようです。それで、もしかしたら、一人のお爺

さんの方がマスターによく可愛がられるから、それで苛めたりしていたの

じゃないだろうか?と。

その場を覗き見したわけではないから、実際はどんな遊び方をしていたの

かはわかりませんけど。

三人遊びなど思ってもみない○上さんでしたから、よほどの驚きでもあっ

たのでしょう。

 店を閉じた後、それぞれ田舎に帰って行かれたのでしょう。

 

 その夜、僕は久しぶりでもあり、電車の中で聞いた三人のことをいやら

しく想像して、激しく燃えました。

整理のつかない気持ちのままであったけど、酔うとしたくなる年頃でした。

「寝かさへんで!寝かさへん!」

と、それくらい言ったかもしれません。誰の影だか正体の見えない影に、

嫉妬心もあったのでしょう。多分に。

この頃は、お父さんも少し感じるようになっていたから、酔った勢いでさ

らに攻めたかもしれません。アルコールで、果てるのが遅くなることもあ

って。

まぶたをつむり頬を赤らめて、恍惚とした表情を見つめながらヌチャヌチ

ョと出し入れを楽しみ、快楽をむさぼり、やがてお父さんの腸壁へ、熱く

熱く迸り、果てました。

そのときでした。「行くよ!出るよ!出るよ!」と声をかけたとき、上唇

を舌で舐めるようにしながら善がるうつろな目を天井に向けていました。

「うん、うん…ああ、ああ、いいよ、いいよ」と空へ大きく見つめる目を

したとき、その目を見たとき!

やっぱり、僕の知らない影を見たのです……。

果てた後、お尻を拭いながらお父さんが、優しく諭すように言った。

「菊ちゃんが好きなの、わかるやろ。こんなこと菊ちゃんだけやで。菊ち

ゃんが、好きなんや。」

それは、昼間に僕が泣いたこと、言ったことがずっと心にあって、それに

答える気持ちで言ったのだろう。思いもかけず繊細な気持ちのある性格で

はあったけど。

それは、本当にそう思う気持ちだったでしょう。僕のことを本当に、そう

思う気持ちではあったでしょう。

けど、同時にそこには、知られてはならない、隠す、ごまかす気持ちも含

まれていたはずです。

 

 僕の勘は的中していました。

僕の思い過ごしなんかではなかったのです。

それは、翌週の日曜日の朝でした。

その日も大阪へ行く約束をしていたのに、急に用事が出来たという電話を

して来たのです!






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