想い出の新世界


                                         花栗 さん


その16




 僕は本当に何か急用が出来たのかな?と思わなくもなかったが、声の感

じからして、どうもウソくさく思えてならなかった。

その疑いの気持ちが胸の中で燻り続け、何か初めて味わう軽い裏切りのよ

うな、お父さんの水臭さであった。

予定が無くなり、しばらくぼんやりとして過ごしたが、急に淋しい気持ち

になり、窓を開けた。

空気はまだ冷たかったが、春がもうそこまで来ているような、穏やかに晴

れた早春の日和であった。

なのに、心は落ち着かなかった。やっぱり、お父さんのことばかり思って

しまう。恋しく思ってしまう。

そうすると、いてもたってもおれない気持ちになった。そして、何となく、

お父さんが新世界にいるような気がしてきた。

「新世界に行ってみよう!」

そう思うと、ますます胸騒ぎがして一時も早く行きたくなり、すぐに駅へ

と向かった。

 

 一人で来たのは久しぶりな思いであった。

いつもは「竹の家」へと向かったが、もうそっちへ行く道を振り向くこと

もしなかった。

地下鉄動物園前を上がると、反対のジャンジャン横丁へ行く入口のガード

下へと向かった。

少し歩きかけて、ふと、引き返した。そこに居るとは思わなかったのに、

パチンコ屋を覗いてみたくなったのだった。

すると、入口のガラス戸を開けた前の通路の中ほど、横向き一列の台に、

見覚えのある横顔が見えた!

禿げた頭の、後ろでこちん。インチキくさい眼鏡。着てるコートの見覚え

ある茶色。

まぎれもなくお父さんだ!

僕は嬉しさのあまり、走り寄るように傍に行くと、コートの背中から少し

顔を覗き込むようにして声をかけた。

すると、驚いたものの、「ああ、菊ちゃんか!」と、いつものお父さんで

あった。

が、そう言ったあとすぐに、どうしたものかといった、慌ててる目を眼鏡

の奥に見た。

そして俄かに落ち着きのない顔になると、首を伸ばすようにして隣で打っ

てる人の奥を覗いた。

そのお父さんの目線の先を追って驚いた!『あれ?松○さんだ…』と。

松○さんはすぐにお父さんに気づいて、こっちを見た。そして傍に立って

る僕に気づいて、驚いた様子だった。

が、慌てる素振りは見えなかったように思う。(見せなかったのか)

それは、このときはまだ僕が二人の仲をまるで疑っていなかったから、勘

ぐる顔もしていなかったからだろう。

変に勘が働くことがあるくせに、僕は、どこか抜けたところもある。自分

でもネジが1,2本足らないような。

何故ここに二人が今いるのかを僕は考えもしなかったのです。お父さんに

逢えたそれだけで嬉しかったのでしょう。

それから、二人の打ってるのを見ていて、「僕もしようか」と、玉を買い

に販売機へと行ったのです。

そして、零さぬように両手で包むようにしてお父さん達の並びに、空いた

台はないかと探しました。

だけど空いたのが無かったのでその隣の通路の台で打ち始めたのです。

全く、我ながらアホでした。

玉が無くなり、お父さんの傍へ戻ろうと行ってみたら、その通路の台のど

こにも二人の姿が無かったのです!

「えっ?!」といった思いで、不安がよぎりながら、他の通路の台を全て

見て周りました。が、どこにももう二人の姿はありませんでした。

しばらく、狐につままれたように「どうして?」と、ポカンとなっていま

したが、ようやく「ハッ!」と気づきました。「そういうことだったのだ

!」

何というおマヌケでしょう!

間の抜けた僕の頭のネジが、一気に締まって行く気がしました。と同時に、

スルスルとアンテナが伸びた気がしました。

「ブワッハッハッハッハッハ」

「僕から逃げられると思うなよ!」

「この裏切り者もの共め!」

伸ばしたアンテナが二人を探します。

そして、直感アンテナで「二人はキタへ向かったはずだ!」と察知したの

です。

そう思うと、何故だか気がそう急かなくなりました。

念のためという思いもあったでしょう。ジャンジャン横丁を「まさか串カ

ツ屋に居やしないだろうな。」と見て通り抜けると、通天閣の周囲をぐる

りと一周し、それから、動物園に行ってみようかと足を向けました。

が、急に気がへこんできて、何だか惨めな気持ちになって来ました。一人

取り残された気分で、やり場のない思いでした。

でも、松○の顔が(ここからもう呼び捨てです)浮かんでくると、だんだん

腹立たしく思えてきて、僕はへこみそうな気持ちを奮い起こすと、再び「

菊ちゃん探偵」と化したのです!

 

 『まさか、あの松○と一緒だったとは思いもしなかった』

そんなもう憎しみを少し抱きながら、地下鉄で梅田へと向かいました。

電車の中、向かいの座席の見ず知らずのお爺さんをにらみつけていたかも

わかりません。

ふつふつと腹立たしい気持ちが沸いてきていました。

 梅田に着くと、迷うことなくコマ劇場の前を通り、阪急商店街へと向か

いました。

途中、「腹が減っては戦は出来ぬ。」と、四川ラーメン店に寄り腹ごしら

えをしました。もうそんな夕方になっていたのです。

薬味を敵のように入れました。そして松○の顔とお父さんの顔が浮かぶラ

ーメンを、グチャグチャにかき混ぜて食べてやりました。

でも、食べながら僕は、まだ松○と居たことが信じられない思いでした。

というのは、松○には、ヤキモチ妬きで有名な「ヨーさん」という相手が

ちゃんといたのです。

あまりのヤキモチ妬きから、スナックで本人がいないところでは「ヤキさ

ん」で呼ばれて噂されていました。

大抵、いつも二人で来ているようで、そんなとき、相手の松○に話しかけ

たりしてはならないことになっていました。

ビールでも注ごうものならそれはもう大変です。

何も知らない客が、松○に「どうぞ」とビールを注いだら突然、ヨーさん

が立腹して物凄いけんまくで言ったそうです。

「あんた、この人好きなんか!」

と、顔真っ赤にして。コワイですねぇ。。。

ある人は頭にビールをかけられたそうです。イヤですね~

 

 そんなことを聞いていたから僕は、初めの頃は、ヨーさんの方を嫌って

いました。

松○の方が好きでした。紳士的な感じで、風貌も落ち着いていて、太目で

背は170ほどで、銀髪の上品そうな常識ある感じでした。

それが、それが!とんだ眼鏡違いだったわけです!

ヨーさんは大阪と京都の間くらいの所に住んでいて、二人で飲みに行くの

は大阪の方が多かったようです。

それは、ヨーさんが塾を経営していて、そこの経理を松○さんがしている

と聞いていたから、出やすい大阪の方へ行くことが多かったのかもしれま

せん。

「マルサン」では松○がいつも一人でいるのを見ました。家が伏見だから、

一人のときは京都で飲むことが多かったのだと思います。

「マルサン」でそんなとき、お父さんと出会ううちに親しくなって行った

のでしょう。松○はフケ専だから。

けれど、自分よりも歳のいった人など見向きもしなかったお父さんなのに。

まったくもって信じられない思いでした。

 

 そんなあるとき、(この前後だったと思います)一人で「都」に行ったら、

ヨーさんが一人で来てるのに出くわしたことがあります。

松○とどこかで待ち合わせしてる時間までの暇つぶしだったのか、すぐに

帰って行きましたが、出て行った後でマスターが言った言葉には驚きでし

た。

「あたしは、ヤキさんの方が好きよ。」

と言った顔を、冗談かと見たのですが、真面目な顔して言いました。

「だって、可愛いじゃない」

『へっ?』と云う思いでしたが、マスターのそういった顔を見ていて、い

ろんな場面、話しぶりなど頭の中で繋ぎ合わせているうちに、だんだんと

僕もそう思えて来るのでした。

松○のことは、もう一つ底がわからないという思いで、好きになれないと

いったふうでした。

『なるほど、言われてみれば、ストレートに表現するヨーさんの方が、裏

表のない人物かもしれない…』

他には誰もいないカウンターで、マスターとそんな二人の話をしたことが

ある。

「ヤキさんは松○にベタ惚れね」と聞いたあと、僕は酔った勢いのスケベ

心でマスターに、こう聞いたかもしれない。

「二人はどんな遊びをするんやろ?」と。

わりと遊びにはタンパクそうだったし、意外と、そういったことは多く経

験して無さそうなマスターは、僕のスケベな質問に笑っていたと思う。

「キャキャキャ いや~ね、菊ちゃんたら!」と。昼間は別なバイトをし

ていた働き者のマスターは、真面目で意外と、ウブであった。

酔った僕は、丸顔のハゲちゃびん(ヨーさん)が、惚れきった松○のちんぽ

を「わたしだけのものよ!誰にも触らせない!」と頬張ってる姿を想像す

るのだった。

それを、憎々たらしい顔して、ふんどりかえって見ている一癖ある松○の

顔を!

 

 そしてまた同じ頃、こんなこともあった。

サーちゃんが「マルサン」で飲んでて、「松○は大嫌いだ!あんなやつ。」

と、めずらしく人の悪口を言った。何があったのかは知らない。

そしてサーちゃんも、ヨーさんの方が好きと言っていた。話に相槌を打つ

マスターに。

一見、背も高くがっしりとして、銀髪で渋く、穏やかそうに見える感じか

ら、知らない人から見れば好感持たれたことだろう。

本人も顔のどこかに「おれはモテる。」といった表情が、ポーカーフェイ

スの目元あたりに見える。

と、後におもった。

 

 さて、腹も落ち着き、再び探偵と化した僕は、ずんずんと商店街を歩き

始めました。

目的へ一直線。商店街も外れにやって来ました。そのビルの地下1階へと

階段を下り、そして、「小太郎」のドアを開けたのです。

「いらっしゃいませ~」の方も向かずに、まず『居るか?』と思って見回

した店の中には、二人の姿はなかったのです。

仕方なく、マスターが勧めたカウンター席へと腰をおろし、ビールを注文

しました。

意気消沈した僕は、頭のアンテナがバラバラと折れてしまった思いでした。

 それから、ほろ酔いになったところで何か歌ったと思います。

「酔えば酔うほど逢いたくなって…」の、「雅」のお父さんがよく歌う、

ぴんからの歌を歌ったと思います。

淋しいときは、(歌って自分で慰めなけりゃ。)という気持ちだったでしょ

う。

その頃、細川たかしの「北酒場」がヒットしてそうまだ経ってないときで

したから、そのときも誰かがその歌を歌いました。

すると、それを聴いてると、お父さんも歌っていたことを思い出しました。

思い出すと、今どこかの店で楽しそうに歌ってる姿が浮かんで来たのです。

松○と楽しそうに!例の調子でマイク回しながら!僕のことなどすっかり

忘れて!

逢いたい気持ちと妬ける気持ちとで、胸がキュイキュイと息苦しさを覚え

てくるほどでした。

「キタのハズレの小太郎で夢を待ってる~花咲港~」と、川中美幸のその

頃の歌を替えて歌ったかもしれません。

 歌い終えて、だんだんと惨めな気持ちになっていて泣きそうな顔になっ

てたのでしょう。

気のいい小デブの、手伝いの50代後半の人が話しかけてくれました。(

前を忘れましたが、後にいっときサウナの受付で働いていた人です
)

 

 「小太郎」を出て、『どこへ行こうか』と急に目的も無くなった気持ち

でした。

『新世界で飲んでるかもしれない』とも思ったけど、もう引き返す気持ち

もありません。すっかり惨めな気持ちでしたから。

そして『もう帰ろうか…』と駅へとまたもと来た道を引き返し始めました。

だけど、ふと「萩」の前で足を止めました。

階段の見えてるビルの2階にある店の入り口を見上げながら。

お父さんとまだ1,2度しか来たことのない店であったが、何故だか足が

向いた。

まさか、そこに居るとは思わなかった。

ドアを開けた目の前のカウンターに、背を見せて二人並んで居たのです!

そして、マスターの「いらっしゃいませ」に、スナックでの習性か、二人

揃って、ドアを開けた僕を振り向いたのです。

僕の二人を見た顔と、まともに目が合ったのです!

もう観念するしかなかったでしょう。

バツの悪そうな顔を、首をすくめるようにして前に戻したお父さんの隣に

僕は腰を下ろした。

そして、松○の席をお父さん越しに見たら、もう椅子は空っぽだった。僕

が開けたドアから入れ替わるように、慌てて逃げるようにして帰ったのだ

ろう。

 

 すっかり諦めたお父さんは、検挙される犯人のように僕と帰って行った。

その夜、僕はヤキモチを妬きながら「寝かさへんで、寝かさへんで!」と、

責めたかもしれない。

お父さんは「松○さんとバッタリ会って、飲みに行っただけや」と言った。

「それならどうしてパチンコ屋から居なくなったの!」の問いには返答に

困って、どもってしまい、しどろもどろにもっともらしいウソを苦し紛れ

についたと思う。

ヤキモチは妬いたが、まだ軽いヤキモチで、このときはまだ二人が抱き合

ったりしてるとは思わなかった。思えなかった。

お父さんには、およそ年齢が全くタイプでないはずの松○であったから。

しかし、お父さんの目の中に見えていた僕の知らない影は、松○であった

ということを、後になってわかった。

 

 これで終わりではなかった。懲りてはいなかった。

僕に「合いの日においで」と、何か水臭いことを云うようになり、やたら

と日曜日に用事があるという日が数週続いた。

「息子の家に行ってくるから。」とか「町内の用事や。」とか。

それでも、まさかまだ松○と付き合っているとは思わなかった。全く不信

に思わなくもなかったけど、僕にばれて二人は逢っていないと思っていた。

だが、そんなある日曜日の朝に僕は言い訳できない二人を見ることになっ

た。

いつもポケットに入れている手帳を、お父さんの家に忘れてきていること

に気がついた僕は、留守のお父さんの家へ取りに行った。

すると、鍵がかかってるはずの玄関の戸に、鍵がかっていない。開いたの

だ。

「あれっ?開いてる。用事で出かけてるはずなのに…」

『息子さんが来てるなら表に車があるはず…』

不審に思いつつ入って行くと、茶の間に上がる前に、見たことのない革靴

が脱いであった。

『まさか、まさか!』と思いつつ戸の前でそっと聞き耳を立てた。

だけど、物音が聞こえない。テレビの音も、話す声も。

玄関に新聞が無かったから新聞を読んでるのかとも思ったが、紙をめくる

音もしてこない。

…しかし、そのとき微かに中に居る人の気配を感じた。






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