昼顔さんの体験談 №1                 .




縄に酔う男



プロローグ

 性的被虐の性(さが)の目覚め




プロローグの更なる序章

 

「老いのときめき」主催氏  越褌様。

 初めてメールを差し上げます。私は東京都内在住、勤め上げて公私共に

社会的な責務を果たし終えた処の、六十五歳になりました初老の妻帯者で

す。

 

 徒然なるままにネットに彷徨いました処、何をキーワードにしたのか今

では定かではありませんが、何と、意中の貴サイトがヒットし、爾来、毎

日の様に開いて拝見拝読致しております。

 

 所謂フケ専と謂うお仲間内の、衆道お仲間内の斯かる用語の意味は存じ

ておりましたが、私の琴線に触れ突き動かす其れに対し、年長者、熟年、

初老、爺
等々、私の同性愛の対象としての性(さが)を突き動かすに充

分なる貴サイト。 漸く巡り会ったと胸を高鳴らせて拝見させて戴いてお

ります。

 

 私は俗に謂います処の、バイ・セクシャルです。ですが、性の初体験は

男の世界の、ゲイの契り合いでした。尤も、契り合いとは申しても、鶏姦

を受けての契りではなく、一方的なる愛撫と手技・痴戯にて追い込まれ果

てたに過ぎませんでしたが。 異性の身体を識ったのは其の後です。

 

 お相手氏は五十を過ぎたばかりの熟年と謂っても良いかと存じますが、

当時二十歳を過ぎた大学生の私から見れば父親の様な年齢差の紳士然とし

たサラリーマン管理職氏。 

 

 中肉中背の私は彼の膨よかな、正しく柔らかい彼の身体で包み込まれる

様に抱き締められた私は、恐怖感からでは決してない、逆に安堵感が勝る

中で身体を震わしていたのを憶えています。 想像とは大きく懸け離れた

男の肌の温もり、柔らかさに、私は気が遠のく思いであったのを憶えてい

ます。

 

 爾来、衆道のお相手、恋人、想いを馳せるのは、専ら年長者、熟年、初

老の方でしたし、現在も然りです。 トラウマなのかもしれません。 遥

か年少者との交わりは、私の性癖、其れは所謂
Mッ気でありまして、性的

被虐の性(さが)なるが故に、若年者から虐め責め苛まれて見詰められ乍

らに果てたい、射精し辱められたいと、会社の部下からを想定し想い描い

ての事でした。

 

 因に、SMプレイに関します投稿記事、拝見致しました。何方様かを存

じ上げないは勿論ですが、被縛体の男性、羨ましく存じ乍ら拝見しました。

 就中
鏡云々、お気持ちは、被縛体の所謂M氏のお気持ちは十二分に解り

ます。
S氏は所謂ツボを押さえられた御方と、憧憬も致しております。

 

 とまれ、密かに拝見致す所謂ROM専に止まらず、日々、貴サイトを愉し

みに致す初老の男からの、越褌様へのファン・レターと致したく存じます。

 日々御自愛賜り、斯かるサイトを何時何時迄もと願いつつの御挨拶と致

します。

 

 ハンドル名は如何に・?・。 因に、私は若い頃に読んだ、そして映画

でカトリーヌ・ドヌーヴが主演したジョゼフ・ケッセルの「昼顔」、 ヒ

ロインのセヴリーヌに己が深層を重ね合わせていたものでありますが、処

が昨年、
TVドラマになって以来どうにも・・・。 ですが如何しても不味

いと思えば改名すれば良いと考え、取り敢えず、ハンドル名を「昼顔」と

致し置きます。
     長々でした。誤字脱字ございますれば其れ等共々、平

に御容赦下さい。

 

昼顔拝

 

 

と、「おいとき」の越褌様へ斯様な御挨拶のメールを送った男が、哀しき

性的被虐に酔う男が、哀しくも切なき告白をこれから始めましょう。

 

 

 

 

プロローグ:「性的被虐の性(さが)の目覚め」

 

 少年期、小学生の頃でした。TVドラマの時代劇で、中年男優が下帯一つ

で緊縛され、逆さに吊られて責め折檻されるシーンを観た私は胸の鼓動が

高まるのを覚えました。均整の取れた身体に施された縄模様、鞭打たれ苦

悶に歪む顔。水に浸けられ、濡れて輝きを増す身体に妖しさを見出してい

ました。白い下帯は濡れて身体に張り付き、男のシンボルの輪郭をクッキ

リと浮かび上がらせていました。周りを大勢の男衆が取り囲み、寄って集

っての折檻シーンでした。

 

 身体の奥底に蠢くナニモノかを覚えた私は、同時に幼児期の通過儀礼で

ある所謂お医者さんゴッコを思い出していました。お医者さんゴッコの甘

酸っぱい記憶は、須く自身が患者役のシーンのみでした。 男女数名の遊

び仲間達の前で下半身裸になり、或は全裸になって吾が身を横たえ、皆か

ら局部を視られ弄られるシーンの記憶を蘇らせていました。

 

 そんな少年期、小学五年の時でした。私は母の婦人科受診に着いて行き、

待合室の壁の上方に設えられた高窓から、内診台上に羞恥の体位を晒す母

の姿態を覗き視る体験を得ました。和服の母は裾を割られ大きく捲り上げ

られ、裸に剥かれた下半身を、両脚を高くあげ大きく開かされ、開脚台の

支脚台(膝裏支え)に、茶色の太い革ベルトで縛り付けられていました。

 高窓から鳥瞰する母は、股間の様をあからさまに晒されていました。

 

 目に焼き付いて、今でも記憶の底に鮮明に焼き付いています。開脚させ

られて羞恥の体位で“固縛”され、秘所をあからさまに照明下に“晒し”、

男を迎え入れる様な体位で現に男医を両脚の間に迎え、秘所を、性器を、

為すがままに弄られる様な診察を受ける母。 看護婦は二人居て、母の姿

態を、秘所を凝視していました。

 

 茶色の太い革ベルトで“固縛”され、 “晒され”、 私が持って生ま

れ、秘め持っていたであろう処の、性的被虐の性(さが)を眼下に具現化

し、目を覚まさせ蠢きを始める切っ掛けとなったものと思います。 裸に

剥かれた下半身の足先に唯一残る白い足袋は淫美でした。

 

 高校生の時に、アブノーマル誌の奇譚クラブの存在を知りました。書店

に平積みされた其れに、奇譚と冠するタイトルに、怪訝に思い乍らも手に

取りページをめくった私は衝撃を受け、持つ手が震えていたのを憶えてい

ます。 既に購っていた当該月の受験雑誌の下に、隠す様にしてレジに差

し出したものでした。

 

 家に帰り、自室に籠って固唾を呑み乍ら読み耽りました、何度も何度も。

モノクロ写真のグラビアや、そしてルポと称する緊縛実践記に、斯かる性

のお遊戯は決して絵空事のフィクションではなく、現実に何処かで密かに

ではあっても執り行われている事実を、事実であろうとを識りました。

 

 同時に小五の時に見た母の婦人科内診の姿態が記憶の引き出しの底から

蘇って来ました。 或はフィクションかもしれない奇譚クラブの記事、で

すが私が覗き視た処の、母に施された“羞恥の体位”“固縛”、“晒され

た”秘所を為すがままにの“弄り”にも似た内診。 これは現実に起こっ

た、この目で垣間見た事実です。

 

 覗き視て以来、自身も母の様に羞恥の体位を晒されたいと願い想い、小

五の其の頃から憶えた自慰に於けるシチュエーションは、固縛され羞恥の

体位で晒される妄想の中の己が姿態でしたが、奇譚クラブ誌にて、手を伸

ばせば届くかもしれない現実に実在するのであろう性のお遊戯の存在を識

り、同時に、己が性向・性癖を確固として自覚し自認しました。就中、当

該誌に連載されていた団鬼六の“花と蛇”のヒロイン遠山静子には、完全

に感情移入してしまっていました。

 

 高校・大学と何事も無く、勿論機会を得る手立てを識る訳も無く、其れ

は社会人になっても然りでした。 其の頃の癒しは、当時の日活映画、ロ

マンポルノで
SMの女王と称された谷なおみ主演のSM映画でした。責め苛

まされて妖しく喘ぐ女優に自身を置き換え、“晒されたい”“性的蹂躙を”

と、ただただ妄想に耽るのみでした。


                                         つづく 








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