駒ケン界隈


                                         KE 爺さん

(1)


 職場への往き帰り、毎朝、毎夕、駒ケンの前を通る私です。10年前に

こちらにビルが建ち、御茶ノ水から引っ越して来たのです。

でも、この生活もあと半年で終わろうとしています。定年後もそのまま仕

事を続け、早くも9年が過ぎて、私も70歳を迎えようとしています。

仕事から解放される喜びもありますが、駒ケン界隈の空気に触れることも

無くなり、また「通勤性活」もいよいよ年貢の納め時となるのかと思うと、

一抹の寂しさを感じます。

 駒込駅周辺も、少しずつ変化を見せています。駒ケンへ向う信号を渡っ

たところにある大國神社も、立派に建て替えられました。駒込橋を渡った

向こう側には大きなビジネスホテルも建ちました。駒ケンの左隣のラブホ

テルは、取り壊されて更地になっています。駒ケンが増築されるとのウワ

サも聞いていますが真偽のほどは定かではありません。

 さて、毎日仕事を終えての帰り道、夕方6時少し前に駒込駅北口の信号

にさしかかります。その爺様とすれ違ったのは、青信号の横断歩道を渡っ

ている時でした。すれ違いざまに、その爺様は意味ありげにニコニコと微

笑みかけてきました。『あれッ?知っている人かな?』

大急ぎで少し錆びついた記憶回路を逆行しましたが、何一つヒットしませ

ん。

あの藤山一郎さんに似た、爽やかな笑顔の爺様です。4回目に出会った時

は、ちょうど私が信号を渡りきったところでした。

「もうお帰りですか?」

藤山爺様は、ごく自然に親しげに話しかけてきました。

「ええっ、そうです!」

「お早いですね!」

「ええ、いつもこの時間です!」

「じゃあ、また!」

藤山爺様は、ニコニコしながら点滅している青信号を急いで駒ケンの方に

渡って行きました。

改札を通り抜け、階段を降りてホームに向いながら、私は今の会話を反芻

しました。そして藤山爺様の質問の意味を解釈し直してみました。

「もう、駒ケンで済ませて、お帰りですか?」

爺様は、こう私に言ったに違いありません。

私が男欲しそうな顔をして歩いていたので、その雰囲気でお仲間であるこ

とを察知したのでしょう。

この事は、5回目に出会ったときに判明しました。

今度はもっと改札口に近い所でした。

二人はぞろぞろでてくる人々をよけて、ちょっとスペースの出来ている場

所に立ち止まりました。

「もう、(済ませて)、お帰りですか?」

「アハハッ!私があそこへ行って来たと思っているでしょう?」

「ええ、もちろんッ!違うのですか?」

「違いますよッ!私は仕事を終えての帰り道です!」

「あれェーッ!てっきりあそこで遊んでの帰りかと思いました。こりゃ、

失礼しました!」

たった4、5回すれ違っただけで、こんな会話していることに、私自身が

驚いていました。

「お父さんこそ、けっこう頻繁に通っていますね?」

「違うッ、違うッ!私は一度も行ったことが無いんだよッ!」

「またーッ!ウソでしょう?」

「私はこの近くに住んでいるんだよ」

「へェーッ!そうですか」

「女房と二人で、住んでいるのさ」

「それにしても、駒ケンのこと詳しそうですね」

「そりゃあ、相方から聞いているからさ」

「相方さんがいるのですか?」

「まあねッ!あなたは?」

「‥‥‥」

「いるんでしょ?」

「それより、なんであそこへ行かないのですか?」

「すごいんだってね!あそこは!病気だって怖いよ!」

「そりゃそうですが」

「札幌から通って来る人もいるってさ」

「へェーッ!でもお父さん、それじゃあ相方さんとは、どこで知りあった

の?」

「それはバーさ。私は飲めないんだけど、コップ一杯のビールで、2時間

ぐらいはもつのさ」

「2時間ねえ!私は2秒ぐらいしかもちませんね!」

「こう見えても、全国各地のバーに出かけているんだよ」

「へェーッ!!」

5回目にして、この会話です。なれなれしいと言うべきか、ずうずうしい

と言うべきか、私自信もこんな自分に驚きました。

「じゃあ、またお話を聞かせてください!」

こうして二人は、小さく手を振って分かれました。

藤山爺様は昭和10年生まれの77歳だそうです。お元気ですね!

                          (おわり)





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