克爺さんの 体験談 №8           .




男色への道


(8)



《初精通》
 

小学校も高学年になり性に関して益々興味を持ってきました。

我が家は農家であり、両親は暗くなるまで野良仕事に、兄や姉達も学校か

ら帰ると農繁期には手伝いをしてました。

末っ子だった私は毎日達ちゃん、宏ちゃん、信ちゃん、幸ちゃん達と集ま

り遅くまで遊んでばかりでした。

昔の農家の庭は、脱穀した米を庭一面に筵を敷きつめて、そこに籾米を拡

げて乾燥させていました。

その為何処の家も庭はかなりの広さが有りました。

 

私の祖父母は屋敷の端に別棟を建てそこで暮らしてました。

祖父は小遣い稼ぎに鶏を飼い卵を売っていて、夕方になると祖父と一緒に

鶏舎に行き卵を採ったり餌や水遣りをしてました。

それが終わると風呂焚きをします。

当時は五右衛門風呂で、山から採って来た木々が燃料です。

一番風呂は祖父と決まっていていつも祖父と入ってました。

祖父は褌をしていて、入る前に必ずチンポと尻は綺麗に洗ってから入るん

だぞと言われました。五右衛門風呂は周りが熱く、祖父が先に入って私は

後から入り、祖父の股座に座って抱っこして貰ってました。

座ってると祖父のチンポが丁度私のお尻や玉の裏辺りに当たり

なにか妙な感覚を感じチンポが勃ちそうになった事もあったのでした。

 

そんな祖父母の部屋によく行ってました。

何故かと言うと、祖父母にはよく小包が届いていました。

それは東京や大阪に住んでいる叔父さんや叔母さんから、田舎では見た事

も食べた事もないお菓子などが送られてきたからです。

それを目当てに部屋に通い貰っては、都会の味を満喫してました。

 

そんな頃、暮れ間近に東京の叔父さんから小包が届き中身はマッサージ機

でした。電源を入れると持ち手の下に先の丸い四つ足が付いていて、その

足が二段階に振動するものでした。

当時は掘り炬燵だった為に、皆んなで順番に肩に当てたり脚に当てたりし

て、そのうち私にも廻ってきたのです。

私もみんなと同じ様にしてたのですが、太腿に当ててる時何故か

チンポに当ててみたくなり、当てた途端言われもない刺激を感じ

思わず声を出しそうになったのでした。

姉から「早くこっちにも貸して」と言われ我に帰りその夜は

気になりなかなか寝つけませんでした。

 

あの時からマッサージ機の虜になってしまってました。

祖父母の部屋のお菓子なんかは見向きもしないで、逆に留守を狙ってマッ

サージ機に会いに行っていたのです。

それまでは「爺ちゃん、婆ちゃんいるー」って行ったのに、こそこそ出入

りするようになってました。

 

マッサージ機の威力は絶大で、仰向けに寝てチンポに当てると

直ぐに極楽浄土(子供の頃は使ってないね)、何回か遣ってる内最後にえ

もしれぬ感覚が股間に襲って来て、押さえてるマッサージ機がビクンビク

ンと蠢いていると同時に、頭が真っ白になったのです。

そんな日々を過ごして五年生も終わり春休みを迎えた頃、いつものように

チンポに当てがい最後を迎えた時、何かチンポから出たような不思議な感

覚がありました。しかし祖父母が帰って来ると気まずいのて、直ぐにマッ

サージ機を元に戻して部屋を出ました。でもパンツの中が濡れてるような

違和感を感じパンツを脱いでみると、チンポやパンツがヌルヌルベトベト

してたのです。

この時初めて自分も精子が出たんだと、何故か複雑な気持ちになりました。

でも大人の仲間入りとは思いませんでした、だってまだ小学生ですから。

やがていつの日かマッサージ機と自分の手の二刀流使いになっていました。

 

中学校は4つの小学校から集まり当時は7クラスありました。

クラスは初めて会う生徒が多く、最初の頃は男女ともに探り合いの様子で

した。

予想通り中学入っても一番前、

伸びたいな〜チンポじゃなくて、身長が❗️

 

続 く









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