克爺さんの 体験談 №17           .




新・男色への道


(7)征ちゃん



I県の親父さんと別れてから二十数年の星霜を経て巡り会った親父さん、

大切に大事にしなくては。

 

再会を果たしてからは毎週のように二人で出掛けました。

美術館巡り、あちこちの催し物、ドライブ等と毎週出掛けたものです。

 

親父さんの名前は征◯さんと言うので征ちゃんと呼び、私は克◯なので克

ちゃんと呼んでくれました。

征ちゃんは8人兄弟の6番目で長男、6人目でようやく出来た男の子だった

ので大事にされたそうです。

 

こんなにも年中出掛ける事ができたのにはこんな訳がありました。

私がペースメーカーの手術を受けた一年後に狭心症と診断され、ステント

と呼ばれる金網状の金属筒を冠動脈の
3箇所に留置し、その後は毎月通院

する事になりました。

これからは怪しまれずに外出できるようにある作戦を考え、前もって妻に

話し布石を打ったのでした。

 

「病院で知り合った爺さんがいてね、自分と同じ循環器科に来てて帰りも

近かったので、最寄り駅迄送って行ったんだよ」と敢えて征ちゃんの存在

を語りました。

 

確かに征ちゃんは幾つも病気を抱えており、糖尿病、膠原病、坐骨神経痛、

他にもあっちこっち、日に
4回のインシュリン注射、3食、食前食後多種

類の薬の服用と毎食前の血糖値の計測。

外出先で食事をする時はお腹を出しての注射なので、テーブル席はなるべ

く人目につかない場所を探して座っていました。

 

征ちゃんは独り者だから尚更ほっとけない事をさり気なく話すと、妻は

「可哀想な人だね」と同情し私が征ちゃんの所へ出掛ける事に理解を示し

てくれたのです。

今は毎週日曜日に征ちゃんのマンションに行き、泊まって月曜日に帰って

来るのが日課になっています。

妻も時々征ちゃんにと料理を作って持たせてくれます。

 

なんと私という人間は悪い男なんだろうと思いながらも、この世界を知っ

てしまった私には後戻りできないし、この事実は墓場まで持っていかなく

てはと。

 

ここで征ちゃんの男色人生を少し語ろうと思います。

中学は越境入学で都内のある中学校に入ったそうです。

一年生の時弁論大会に出る事になり放課後担任の先生から指導を受ける事

に。

練習が終わりトイレに行くと言ったら、外は暗くなり薄暗い渡り廊下の先

にトイレがある為、先生が一緒に行ってあげるからと言われトイレに行っ

たそうです。

 

オシッコが終わると後ろから抱きつかれ、チンポを扱かれ気持ちよくなっ

てそのまま初射精、男の人というのも初体験この事が男好きの始まりにな

ったそうです。

その頃は同性愛とかホモだとかは判らず、ただ気持ち良いから遣って貰っ

ていた位にしか考えていなかったようです。

その後高校に入ってからは柔道部の先生から可愛がられ、同級生から「お

前えこひいきされてるよな」と言われ、

少しいじめに遭ってた時期があったそうです。

 

社会人になってからはお巡りさん、外人の牧師さん、自衛隊の方、先生と

いろいろな職業の人達と付き合ってその数は数え切れない程だとか。

 

26才の時に世間体を気にして結婚をしたそうですが一年も持たずに離婚さ

れ、その為会社を辞め親戚ご近所の手前実家を飛び出してしまったそうで

す。

 

30才の時に16才年上の相手に巡り会い心底惚れて一緒に暮らし始め、30

もの長い間同棲をしていたが相手をガンで亡くし、その後一緒に暮らして

いた東京を離れ、現在は実家近くに住んでいます。

 

征ちゃんの部屋には小さな仏壇が有り彼の遺影が置いてあります。毎日朝

晩手を合わせているのと、亡くなってから
15年も経つのに、毎年命日とお

彼岸には神奈川のお墓に今でもお参りに通ってます。

 

13才で男から性の手ほどきを受け、60数年の男色人生で年下は「克ちゃん

が初めてだよ」と言い、その訳は「でっかい
...のと中尾彬...?に似てるから」

だって。



                         ( 続 く )








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