美篶さんの体験談 3                .




盆 栽






3.消えた盆栽                           .

懐かしい作品と言えば、もう一つ、懐かしさを通り越して悔しい思い出の

鉢があります。

北アルプス五葉松は買ってきたときに、7本の「寄せ植え」をふた鉢造り

ました。

そのうちのひと鉢が形良く育ってきたので、出向が解けて復社してから植

え替えをしたら素晴らしい鉢になりました。

 

 

知多半島へ家族旅行をしたときに買ってきた、常滑(トコナメ)焼に植え替えたの

です。

長径60cmの楕円の平鉢の7割の広さに、この7本の松を配し、残り3

割と松の株なかの方まで、山野草のイワチドリを芝のようなイメージで密

植しました。

 

イワチドリは、それより10年ほど前に学生時代の友達からもらったもの

を育てて、繁殖させていたものです。

私の作品の中では、バランスのとれた自慢の鉢になりました。

 

5月中頃になって、薄むらさきの花がびっしり咲きそろってきたので、玄

関前に飾り付けてまもなくでした。

日曜日に2時間ほど外出して帰ってきたとき、なにかおかしな雰囲気を感

じたのです。

 

ありえないことが起こったときの、ゾーッとする、背筋を逆なでされるよ

うな気持ち、そのときが、まさにそんな感じでした。

平日だったら隣の工務店が作業をしていて、ひとの出入りがあったのにと

悔やまれました。

 

 

樹高が45cmほどありましたから、車に積み込むのも大変だったと思い

ますが……。

わずかの不在時間の間に持ち去られて、帰らぬ鉢となってしまいました。

私の彼氏のアドバイスもあって、盗難届は出しましたが、元へ戻ることは

ないと諦めざるを得ませんでした。

その晩は、彼氏とやけ酒を飲みながら、抱き合って愚痴をこぼしたもので

す。酒代まで持たされて、踏んだり蹴ったりの思い出になりました。

 

この鉢を持ち去った目的は、当時、脚光を浴び始めた、山野草のイワチド

リを狙ったものと思われます。

店先に並んだイワチドリの小鉢は、何鉢になったのでしょう。

1本植えにしたか、2本植えにしたか、100株以上はあったから、そこ

そこの売り上げにはなったんでしょう……。

 

鉢は1万円程度のものでしたから、欲しければ買うことができます。

イワチドリは、増やそうと思えばいくらでも増やせました。

私のズボラな栽培管理に適しているのか、よく増えるので、あちらこちら

の知合いにおすそ分けして喜ばれています。

 

寄せ植えした松の価値は、素人の作ったものですから全く評価されないだ

ろうと思います。

多分、引き抜かれて、痕跡の残らないように処分されたのではないでしょ

うか。

しかし、私にとっては貴重な財産でした。

 

 

今年もイワチドリが咲き揃いました。

添付した画像は、揖斐(イビ)石をあしらったイワチドリの鉢植えです。

以前植えてあったエゾマツが枯れたので、そのあとへ植えてみたのです。

これを見るたびに、あの時の悔しさが、懐かしい彼氏の思い出を伴って湧

いてくるのです。

その彼氏も、もうこの世にはいません。



                           続く









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