美篶さんの体験談 4                .




盆 栽






4.谷川の音に紛れて                          .

彼との思い出が蘇ったことに釣られて、とんでもないことを思い出してしま

いました。

毎年咲くのを楽しみにしている、「イワウチワ」という山野草採集に関わる

思い出です。

 

やはり、私が地方の農村にある工場に出向していた頃のことでしたから、

30年も昔、49歳の頃の話です。

前々年、山採りした「ドウダンツツジ」の株に、知人の家に生えていた実生

の「アズマシャクナゲ」の2年生を抱かせて、駄鉢へ植えておいたのですが、

何となく貧弱だから、株元へなにかをあしらおうと考えていました。

 

 

その日はたまたま地区の朝起き野球の開幕式の日でした。

早朝練習をしながら、ふとチームメートの話が耳に入ったので聞いてみまし

た。

「『イワウチワ』が咲いているって言ってたけど、どんな花?『イワカガミ』

なら知っているけど……」

「あれっ、『イワウチワ』を知らないの?いま、西山の雑木林の日当たりの

いい斜面には、場所によってはピンクの絨毯を敷き詰めたようにびっしり咲

いているよ」

 

植物通の彼の答えに、もうひとりのチームメートが加わりました。

「近くにあるの?近くだったらこれから採りに行かないか、開幕式の10時

までまだ2時間以上あるよ、どう行ってみない?」

「それほど遠くはないよ、30分もあれば行けるんじゃないかなあ。採るの

は簡単だから開式までには帰れると思うよ」

 

「よし!行ってみよう……」

私はもちろん賛成しました。

(それをあの鉢の根締めにしてみよう)

4人の仲間が私の乗用車に乗りこんで出発したのです。

 

谷底に響く雪解けの流れの音を聞きながら、狭い山道を蛇行しながら登るこ

と30分、目的地へ付いて林間に分け入って感嘆の声を上げました。

斜面一帯が、初めて見る「イワウチワ」の薄桃色の花に覆われているのでし

た。

 

根を痛めないように丁寧に採り始めてしばらくして、川音に混じってエンジ

ン音が響いてきました。

「あれっ、俺たちの他にも誰か採りに来たのかなあ、それとも山菜採り?

この辺は、今何が採れるの?『タラノメ』はまだ採れるのかなあ」

などといっているうちにエンジン音が消えました。

 

4人が必要とする「イワウチワ」を採るのには、それほど時間はかかりませ

んでした。

 

 

開幕式に間に合うようにと下り始めてまもなく、カーブを回った途端、少し

平らになったところの道の脇に止めてある乗用車に気がつきました。

助手席が開いたままです。

「オイオイ、これじゃあすれ違えないじゃないか」

と言いながら徐行しながら下って行きました。

 

「えっ!」

助手席に座っていた案内役の植物通が声を上げました。

見てしまいました、いえ、見えてしまったのです。

そう、カーセックスの現場を!

車のエンジン音は、谷川の雪解け水の奔流に掻き消されていました。

夢中になっていた二人の前に突然乗用車が現れたのです。

 

僕だけは脱輪しないように気をつけて運転していたので僅かしか見えなかっ

たですが、車外へ伸びた真っ白い女の太股の大きな黒子が……。

その黒子は、今でも記憶が薄れるに従って大きくなって思い出されます。

 

若い男女でした。

こんな早朝から……。

もしかして、昨夜来の続き?

後朝の別れがしのび難く、また催してきてこんな山奥へ分け入ってきて……。

 

男が恥ずかしいのか顔を伏せてドアを閉めようとするのだけれど、車外へ垂

れ下がった女の足が邪魔をしてパニック状態でした。

手で顔を覆った男と女の、密着したままあらわになった下半身が、見えたは

ずですが記憶からは消えてしまいました。

私以外の3人はバッチリ見ていたようです。

 

やっと通り抜けてからひとりが言いました。

「あいつが乗っていたら面白かったよな、降りていって『俺にもやらせろ!』

って言ったと思うよ」

 

あいつっていうのは私の秘めた彼のことです。

朝寝坊の彼は、休日のこんな時間はまだ寝ています。

 

その時の鉢の「ドウダンツツジ」は、代替りして生き残った根から新芽が育

ち始め、「アズマシャクナゲ」は、鉢の中という過酷な条件の中で僅かに大

きくなっただけです。

「イワウチワ」は30年たった今年も、見事なピンクの花を咲かせ、玄関先

を明るくしてくれました。



                           続く









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