美篶さんの体験談 5                .




盆 栽






5.懐かしの義父                          .

我が家には「イワヒバ」の鉢がふた鉢あります。ここから取り分けた「イワ

ヒバ」がいくつかの鉢の株元にあしらうように植えてあります。

 

毎日この鉢に散水しながら、ふと思うことがあります。

それはこの鉢の持ち主だった義父のことと、年齢を経た私の人生についてで

す。

  

90歳を過ぎても義父は矍鑠としており、同年代の人たちに現れるボケ症状

は全く見られませんでした。

多少は年相応の物忘れなどはありましたが、毎年朝顔の鉢を育て、きれいに

咲くようになると、ご近所に差し上げて喜ばれていました。

 

ある朝、なかなか目覚めない義父を起こしにいった義母が、冷たくなってい

る夫に気がつきました。享年93歳、大往生でした。

 

 

庭には、ご自分で育てられた多くの植物が繁っていましたが、その中で自慢

なのがこの「イワヒバ」と庭に植えた「ハイマツ」でした。

山間部の農村に赴任していた時に父兄から贈られたものだそうです。

 

義母がよく申しておりました。

「おとうさんは大人物ですよ」

押出しが良くて、人前で堂々と自己主張ができるからだそうです。

風貌は170cm、80kgといった恰幅のよい、酒豪だけれど甘いものも

大好きな人でした。

寡黙で、人前はもとより家庭内でも訥々とした喋り方しかできませんでした

が、ひとたび公衆の面前に立つと滔滔とした演説ができるのです。

 

私たちの結婚の許可をいただきにうかがったときが初対面で、挨拶に現れた

義父を見た瞬間、ぼくはその方のとりこになってしまいました。

(彼女じゃないこの方と結婚したい)

今だったらはっきりそう思ったんでしょうが、そのときはそれどころではな

かったと思います。

すっかり緊張しながら

「お嬢さんと結婚させてください」

と言ったんだと思いますが、今思えば義父はもっと硬くなっていたのではな

いでしょうか。

 

義母に

「おとうさんなんとか云いなさいよ」

と言われてやっともそもそと

「ああ、よろしく頼むよ」

といっただけでした。あとは義母が仲を取り持って話をつなげるのですが

「ああ」とか「うう」とか言っていただけのような気がします。

 

それでも酒席になってからは、徐々に砕けた話が出てきたような記憶があり

ますが、50年も昔のことなので定かではありません。

ただ、いくらか赤みをさした色白なお顔で、お猪口を傾けながら

「結婚したら、先ず子作りに励まなくてはならないからな!」

と命令口調で言われて、一瞬ドッキリし、ニヤニヤしながら私を見ている艶

やかな端正なお顔に見とれたのを思い出しました。

 

結婚後しばらくは、小さな空き家が隣家にあったのでそこを借りて生活する

ことになったのです。

庭続きだったので義父の家の離れといった感じの家でしたから、何事をする

にも都合よく、両家はひとつ家族のような生活をしていました。

 

そんなある日、義父が私に囁くように言った言葉で、私が真っ赤になったこ

とがあります。

「婿どの、夜中にはだかでトイレに入るなよ、丸見えだぞ!」

私たちの借りていたトイレは、一穴式で、何故か大きな曇りガラスが付いて

いて、義父の部屋から見えてしまっていたのです。

妻との房事の後は、素っ裸のまま排尿のため、トイレに入っていましたから、

立ったままの尻から上がぼんやり見えた程度に思っていた私は、その後とん

でもないことに気付きました。

暗闇の外から、曇りガラス越しに見る明かりのついた室内は、ぼやけてはい

ますが、ほどほどの輪郭で綺麗に見えるのです。

義父たちは私の痴態をどんな思いを持って見ていたのでしょう。

 

 

地区にある共同浴場には、義父は早朝に、私は就寝前に入っていましたが、

2ヶ月にいっぺん回ってくる掃除当番の日は、義父の褌姿を見られる楽しみ

の日でした。

 

洋服を脱ぎ捨てるときの義父の所作は、忘れることが出来ません。

スポーツマンとして鳴らしていた若いころは、引き締まっていたといいまし

たが、このころは腹の側面から前にかけて多少たるみ始めていました。その

下に締め込まれた皺々になった褌が、男の匂いをいっぱいに吸い込んで垂れ

下がっているさまは、私にとっては垂涎ものです。

はずして、乱れかごの上に丸めて置くのを、触りたくてチラッチラッと見て

いたものでした。

 

お互いに背中を流し合ったときの、義父の手さばきが、またまた忘れられま

せん。石鹸をたっぷりつけたタオルで背中を洗いながら、脇の下から前のほ

うへヌルッと滑り込むときの心地よさが……。

おしまいに、二つ折りにしたタオルを背中に貼り付け、軽くバンバンと叩き、

お湯をかけながら

「さっ、おしまい」

と言いながら、一気にタオルを尻のほうへ引きおろすときの気持ち良さ、も

うなんともいえない感触でした。

 

そうこうしているうちに、定刻になって入浴者がいなくなってからは、タオ

ルを腰に縛り付けて、デッキブラシでフロアを磨くのですが、太っている義

父からは、度々タオルがほどけてはらりと落ちるのです。

 

義父があわてて拾い上げて縛り付ける瞬間、すばやく力なくだらりと垂れ下

がった逸物に目を走らせ、ひとり悦にいっていました。

(あんなのがいきり立ったら見事だろうなあ)

なんて……。

残念ながら義父とは、睦み合うこともなく、お別れしてしまったですが、折

あらばと憧れていました。

 

残された鉢物を、義母が夫の形見だからと私に渡されてから、この2つの鉢

が我が家の植木棚の一角にデーンと飾られ、存在感を示しています。

あたかもそこに義父が居るかのように……。

 

 

「イワヒバ」は岩場というより絶壁に着生するシダ植物の一種です。厳しい

環境で育ち、画像のような丈までになるには、百年以上かかるそうです。

私が譲り受けてから30年ほど経ちますが、ほとんど成長していませんから、

この鉢のイワヒバは何百年も経ったものなんだろうなあと思っています。

水分がないと葉を丸めてじっと耐え、雨を浴びると生き生きと葉を広げます。

冬場なぞは枯れたのではないだろうかと思うように萎んで冬眠します。

 

この植物のこうした時々刻々の変化を見ていると、自分の来し方に似ている

のかなあなんて思うのです。

自己主張はしたいけれど臆病でなかなかできず、絶えず周囲の環境に左右さ

れながら、伸び縮みして俗世間にしがみついてきて、知らず知らずの内にこ

んな年齢になってしまったと……。



                           続く









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