美篶(ミスズ)さんの体験談 7                .




形 見?







今年の中秋の名月は雲に覆われていたし、異常ともいえる台風の影響で楽

しみにしていた敬老の日も雨、なんとなく気分の滅入る今日この頃です。

そんな中でこんなことがありました。

 

久しぶりに、闘病中のわたしの人生の先達ともいえる人のところへ、病気

見舞いに行ったときのことです。

そのお方は、わたしが企業人のころ社命でお付き合いの始まった方ですが、

お目にかかったばかりのころは、風采の上がらない野人のように思われた

お人でしたが、しばらくしてすっかり魅せられてしまいました。

会うたびに助言して下さる、歯に衣を着せない言動の中に、計り知れない

造詣の深さを思い知らされ、いつの間にか心から慕い、尊敬するようにな

っていたのです。

 

 

彼は家族を東京において、わたしの住んでいる街の山中にアトリエを構え

て、弟子たちと暮らしておられる、そこそこに名の知れた芸術家です。

当地をはじめ、各所にもいろいろの足跡を残しておられます。

折に触れて、海外での活動振りも話して下さっていたのですが、そのお方

から

「癌を患っている」

とうかがったときには愕きました。

鬼をもひしぐような頑強な体躯の人なのに、なんで?と思ったのです。

 

つぎつぎに転移する悪性腫瘍と戦いながら、もう何年になるでしょう。

先般、今度は肺の治療だと言って入院されたのですが、お目にかかると

「病院になんかにいると、治るものも治らなくなるから出てきたんだ」

とおっしゃって退院されたのだそうです。

 

もともと骨太の人でしたが、

「痩せたとは言っても57kgはあるぞ」

とも言っておられました。

以前は90kg近くあった人なのに……。

わたしは、なんと言って慰めればいいか言葉が浮かばないので、

「気晴らしになるかと思ってうまい酒を持ってきたけど……」

と言いながら一升瓶をテーブルの上にドスンと置きました。

 

酒豪の彼は弟子たちを呼び集めて

「俺も少し付き合うぞ」

といって乾杯してくださったのです。

わたしは、思い出話に花を咲かせるようにしながら、つとめて明るく振舞

うのが精一杯でした。

 

帰りがけに

「この帽子をかぶったらどうだ」

と言ってまだ手のつけてない“ベルモードDON”の中折れ夏帽子をくだ

さいました。

そして、更にこの春まで愛用していた冬帽子も手渡されたのです。

 

帽子の好きな彼が、どんな気持でこんな高価な帽子をわたしに下さったか

と思うと、胸がいっぱいになりました。

心にもない明るい言葉遣いの内にアトリエを辞去しましたが、やるせない

想いでいっぱいです。

 

 

この方に対して、忘れられない思い出があります。

わたしがまだこの道も知らず、企業戦士として文字通り粉骨砕身して働い

ていた当時、多岐にわたって薫陶をうけていたのですが、あるときわたし

に直腸洗浄による健康維持法を説いて下さったことがありました。

 

当時はなんとなく“尾籠(ビロウ)な話”とばかりに聞き流していましたが、

年を経て同性同士の交わりを知ったときに

(もしかして、あれはわたしに誘い水を向けられたのかな?)

と思いあたり、このお方への恋慕心が一層高まりました。

それが、直腸癌を皮切りに次々と病魔に侵されていくなんて皮肉です。

 

彼、意気盛んで、

「入院ばかりしていて金が欲しくなったので、あちこちへ電話して頼んだ

ら、あまり大きくはないが7つばかり仕事が入ったので、近々九州へ行っ

てくる」

と、おっしやっていましたが……。

今朝のような雨模様の天気の中で、あのお方のことを思うと、胸迫るもの

があります。

 

帽子は本当に形見の積もりなんでしょうか?トホホホッ……。


――おわり――











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