美篶(ミスズ)さんの体験談 9                .




懐かしい歌



人生80歳を過ぎると途端に忙しくなってくるような気がします。

あれもしておかなくちゃ、これもまだ遣り掛けだとあくせくするのです。

そのくせ、今思いついたことは、すぐ忘れてしまうものですから困ります。

車に乗って外出したとき、途中まで走って、一瞬、

(はて自分はどこへ行く予定だったんだろう)

と、迷うこともあるのです。

 

それはさておき、先年小学校時代のクラスメイトと、77歳になったから

と「喜寿の祝い」をしたあと、

(「半寿のお祝い」って言うのがあるそうだから、80歳の「傘寿の祝い」

は数え年でやれば、一年おきにお祝いができるから、そうしようよ)

と言われ、早速その言葉に乗って、昨年「傘寿の祝賀会」を盛大に行い、

来年は「半寿のお祝い」をすることになっています。

 

 

ところで、「半寿」なんていう言葉を知っている人は、ほとんどいないと

思うのですが……。

81才を八十一と漢字で縦書きにして、上下をつめると「半」という文字

になるから「半寿」という言葉が出来たのだそうです。

 

別名、将棋盤のマス目が9×981になることから「盤寿」とも言うようで

すが、目下過去2回の祝賀会を思い出しながら、我々同級生が往時を回顧

して愉しめるような会を企画しようと、係わり合いを求めて、関係者と鳩

首凝議
(キュウシュギョウギ)中です。

 

 

小学校高学年のころは、敗戦直後の物資難や、外地から着の身着のままで

引き上げてきた、学友と過ごした時代だったことが思い出されます。

田舎育ちのわたし達の教材は、新聞紙を折りたたんだような教科書や、G

HQの指示により、要所々々を墨汁で塗りつぶした教本ばかりでした。

 

授業を受けたことよりも、小学生ながら、農家の労働者の一員として、土

にまみれて働いた苦労話の記憶ばかりが残っています。

唯一、学校を挙げての学芸会は、農村部の家族全員を巻き込んだ、盛大な

娯楽行事だったのではないでしょうか。

そんなときに歌ったコーラスに魅せられて、今日まで歌い続けるなんて思

ってもみませんでした。

 

中学、高校と続けたコーラスで歌った曲の中の一つに、この歳になっても

忘れることのできない懐かしい歌があります。

当時は、さかんにロシア民謡が歌われていました。

高校3年のときの学園祭で、クラス別合唱コンクールが始まり、わたし達

が自由曲として選んだロシア民謡が「小鳥にのりて」という曲です。

  

         小鳥にのりて

♪ @ 小鳥にのりて 春は去りぬ わが人生の 春は過ぎぬ

    黄金(コガネ)に輝く 時代(トキ)は消えて 若き力 影も見えじ

  A 憂いにさめし 胸の血潮 愛しき者は 変わり往きて

    そよ吹く風にも 揺らぐこの身 などて耐えめ 冬のあらし

  B 過ぎ来しかたを 偲びゆけば いつしかとれし 肩のころも

    心も空ろに 世界のはて 流れながれ 行くやこの身  ♪♪

 

見事優勝の栄冠を勝ち取り、祝勝コンパで大いに盛りあがったのが、懐か

しく思い出されます。

クラス会開催の都度、このト短調の歌を合唱していましたが、ふとこの歌

が青春時代を懐古している甘酸っぱい歌だと気が付いてからは、一層愛着

を持って歌うようになりました。

あれから、もう60年以上も経つというのに、未だに諳(ソラ)んじて歌えるの

です。

 

あの時のクラスメイトも一人去り、二人去りと言った具合で、わたしと合

唱してくれる友は、徐々に少なくなっています。

 

 

「断捨離」を前面に出して、身辺整理に励まなければならないこの年にな

って、未だにこの「小鳥にのりて」を歌って、在りし日のあの青いレモン

の味を思い起こしているのです。

こんな懐古趣味を振りかざすようでは、断捨離も心もとなくなるのですが、

この先どうなりますかね。

 

(もう、わしは年齢(トシ)だから……)

なんて哀れなことを言うよりは、

(まだまだ青春(ハル)を……)

と、理想の相方さんを追い求めて行きたいし、生きたいと思っております。

そして、

(もう一花咲かせなくちゃ)

と、胸を膨らましているのです。

(注)ハボタンの花言葉 「祝福」「物事に動じない」「利益」


――終わり――











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