美篶(ミスズ)さんの体験談 10                .




遭 難



蝶ヶ岳、常念岳、大天井岳


(1)



毎年この梅雨どきになると、ぼくは、学生時代の忘れることの出来ないあの

貴重な体験を思い起こす。

松本平から見る北アルプスの前面に、でーんと構える蝶ヶ岳を越えて行った、

ぼく等の無謀とも言える登山のことを。

これを体験談として書いたら、何かうったえられるものがあるはずだ、と思

いまとめることにした。

 

登山は昭和33年(1958年)7月の半ばに実施された。ぼく等6人は大

学2年生だった。

夏休みに入る少し前、北アルプスへ登ろうと言う話が持ち上がった。

寮生の集まりからだったか、コンパの流れだったかは覚えていない。たぶん

ぼくが自慢げに話した、雲海の中に点々と見える、御来光に照り映える峰々

の話あたりがきっかけになったのだと思う。

 

メンバーを募ったら6名が集まった。A君は唯一山岳部在籍者だったが、経

験は1年。ただし、彼の生地は北アルプスの麓にありこの山については一番

精通していた。

B君は中学時代、学校集団登山で、北アルプスの中の燕(ツバクロ)岳の登山経験

があるし、下山予定の上高地方面に明るかった。

 

そしてぼく、数回の八ヶ岳登山経験のほかに甲斐駒ヶ岳や仙丈ヶ岳にも登っ

ており、浪人生活2年と言うおまけまでつき、なんとなくリーダーシップを

とるような立場になっていた。

残りの3人は高山とはおよそかかわりのない海に近いところで育った人たち

で、まったくの初心者と言う立場の参加だった。

 

コース設定はA君が中心になった。登山関係や北アルプスの情報誌を中心に

次のような計画を立て、登ることになった。

 

A君の家に前泊して安曇野市小倉口⇒鍋冠(ナベカンムリ)山⇒大滝山⇒蝶ヶ岳

[キャンプ]⇒常念岳⇒大天井(オテンショウ)岳⇒西岳 [キャンプ]⇒槍ヶ岳⇒槍沢⇒涸沢

[キャンプ]⇒穂高岳⇒上高地バス乗車⇒島々⇒松本のB君の家()

と言う3泊4日のコースだった。

 

これが実際には5泊6日という結果になり、他人様の助けを借りてやっと帰

還できた、まさに遭難寸前の登山となったのだ。

この文章を書き始めて、この企画がいかに稚拙で無謀なものであったかとい

うことを痛感している。

続く











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