美篶(ミスズ)さんの体験談 12                .




遭 難

(3)



初日

天気も良くすこぶる順調だった。途中冷沢で大休止するまでは、木の間隠れ

に眼下に広がる松本平の眺望を愉しみながら、汗を拭き拭きの登坂だったと

思う。

「冷沢は江戸時代初期に作られた灌漑用水路なんだ」とA君がとくとくと説

明してくれたのを思い出す。

大滝山直前の急坂が難儀だったが、そんなところほど見晴らしが良いわけで、

それを過ぎてからは蝶ヶ岳まで一気苛性だった。

 

山頂付近のくぼ地を選んでシートを張る作業、夕食と明日の日中食料の準備

をする者。特に記憶に残っていないから、ぼくとA君意外はそれぞれが初体

験だったはずだけれど、順調に推移したことだと思う。

夜空には月がなく、瞬くような星の輝きが印象的で、今にも零れ落ちて降っ

てくるような錯覚にとらわれた。

 

 

2日目

常念岳、大天井岳を経てのコースだった。そのころから天候が怪しくなった

と思う。

アルバムを開くと『蝶ヶ岳付近からの雲間から見えた、頂上の見えない穂高

連山』と書かれた写真がある。山肌にいくつもの雪渓が写っていて、いかに

も高山と言う感じが出ている。

あまり見晴らしの利かない、たびたびガスに覆われる山道をたどる。常念岳

の勾配の強い登りでは、見晴らしが効かないので、皆が音を上げていた。

 

『雲の晴れ間から見た北鎌尾根』って言う写真も貼ってあるから、大天井岳

と西岳の中間辺りで撮ったものだろう。

ここが『表銀座コース』なんていう名前も知らずに歩いていた。

西岳小屋に到着しすぐ近くにテントを張り始めたとき、D君が

「ぼくは夕べ寒くてよく眠れなかった。だから小屋に泊まらせてもらう」

と言ってグループから離れて小屋と交渉し別行動をとった。

 

3日目

朝から小雨が降っていた。水滴を含んだシートはすこぶる重い。荷物をバラ

ンスよく分けて担ぐことにした。

D君が小屋から得てきた情報によると台風が来ているという。

今日は槍ヶ岳へ登ったら槍沢を下って涸沢カールへ入ってキャンプだ。

「長野県は台風が吹き荒れる心配が少ないから大丈夫だよ」と皆を鼓舞しな

がら、急な山坂を鎖につかまり梯子に支えられて下り、また登っていった。

 

軍隊からの払い下げのぼくの合羽は、防水が効かなくなっていて雨が首筋に

染みこみ気持ちが悪い。

仲間の装備も大同小異、悪戦苦闘しながら槍ヶ岳山荘に到着、小休止してか

ら荷物を預け登り始める。

視界はまったくなく数十メートル先がかろうじて確認できる程度だった。

 

それでもさすが槍ヶ岳だ、大勢の登山客がいて鎖場などは順番待ちとなって

いた。狭い山頂に長時間とどまることも出来ず、槍ヶ岳
(3180)という天下

の名峰を征服できたと言う達成感に浸りながらの下山だった。

 

登りと違って今度は槍沢の雪渓をトラバース(横断)しながら涸沢カールを

目指しての下山となる。

今思えばこのあたりから少しずつ予定が狂い始めた。

途中左手に山荘を見ながら下るのだが、朝からの雨で、ところどころ登山道

が川になり、足を取られるような行軍になっていた。

 

やっとたどり着いた横尾橋を渡り、登り始めたが、時間がかかりすぎて涸沢

カールまで入ることが出来ず、道から少し入ったところでキャンプをするこ

とになった。

しとしと降り続く雨の中の設営をどのようにし、どのようにして食事を摂っ

たかは記憶にない。

夜中に雨は徐々に激しくなり少しも弱まることはなかった。 

続く

 











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