美篶(ミスズ)さんの体験談 14                .




遭 難

(5)



朝まだき、誰かが叫んだ。

「おい!起きろ!水だ!」

全員が跳ね起きた。テントの中に水が流れ込んできているようだ。外へ飛び

出して懐中電灯で照らしてみて驚いた。あたり一面水、水、水だ。明かりに

照らし出された泥水が鈍く光りながら流れている。

梓川が氾濫したのに違いない。まだ急流にはなっていないが急がねば危ない

……。

否応なく峠を目指して出発と言うことになった。白みかけた空からは、小止

みなく雨が降り続いている。

 

昨日下っただらだら坂道を徳本峠上り口へ行くまでに夜は明けた。

しかし、一面の水の中を懐中電灯の明かりだけで、道標頼りに歩くものだか

ら、思わずくぼ地に嵌り腰まで水浸しになることもあった。山道に入ってか

らは、水たまりはなくなり歩きやすくなった。

無事峠を越え下りに入ってから、少しずつ様子がおかしくなりだした。

川に沿って続く道幅は比較的広く歩きやすかったが、岩魚止小屋の手前で右

岸から左岸に渡るとき、橋下が岩でつまり橋の上を流れが乗り越えていた。

川幅がまだ狭かったので、それほどの恐怖感も覚えず渡りきり、小屋へ到着

一休みした。

そのとき下から登ってきたふたりの登山者をみてA君が叫んだ。

「おーい!先ぱーい!」

大学の山岳部の先輩だった。

彼らとの情報交換で、ここまでの道は問題なく登ってこれたとの話を聞き勢

いづいた。

 

二俣小屋を通り過ぎるころ道は右岸になった。二本の川が合流して川幅が一

挙に倍になった。

しばらく歩いたところで崩落箇所があり道が途切れた。

先輩たちが歩いた時はまだ崩れていなかったはずなのに……。

崩れが始まった上部を樹木につかまりながら慎重に迂回して元の道へ戻りひ

たすら歩く。

 

川底からゴロゴロゴトゴトと不気味な音が聞こえてくる。大きな石がぶつか

り合って流れているに違いない。

また橋があって左岸へ移る。この橋は先ほどのように水没してはおらず、ま

だ水流の上にあった。

ものも言わず更にもくもくと歩く、歩く。

 

「ああッ!」

不意に後で悲鳴がした。後ろを振り向いた。すぐ後ろを歩いていたB君の姿

がない。川に落ちた?!ぞうッとした!

幸い、落ちたところが淀みで流れが緩やかだった。手を引っ張った程度では

重くてあがらない。皆でリュックをつかんだり襟元をつかんだりして、やっ

との思いで引き上げた。

全員安堵の吐息をついた。

 

本流に引き込まれないように、必死の形相で岸からたれている小枝にしがみ

ついていたB君の姿は未だに忘れられない。

川底を流れる岩のぶつかり合う音がいっそう高まって聞こえ出した。

怖い!

川沿いの道は木々が鬱蒼と生い茂り、その薄暗さが怖さを募らせた。


続く











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