美篶(ミスズ)さんの体験談 16                .




遭 難

(7)



6日目

6日目は快適だった。天気は上々、ぐしょぐしょになった衣類はすっかり乾き、

重いシートは山男たちが担いでくれた。

コースはどのようなコースだったか覚えていないが、飯場のあったところは

「小嵩沢出合」というところだと思う。そこから東へ尾根伝いに登っていった。

 

親方と小父さんは最後尾からゆっくり遅れ気味にしんがりを務めてくれた。時

々見えなくなるほど遅れたが、誰も気を使う人はいなかった。

峰をひとつ越えてからは更に順調だった。小父さんが言うように荒れてはいた

が道筋ははっきりついていた。

半日かけて島々まで降りることが出来た。

 

出迎えた人たちの言葉を聞いて驚いた。

「やれ良かった!皆様と一緒だったかえ。これなら安心だ。何しろきのう二俣

小屋から連絡があってなあ、呼び止めたけんど、気がつかねえで下って行った

5〜6人の衆があったって聞いたもんだでなあ」

「おやおや、そりゃあ大変だ」と親方。

「それがちっとも降りてこねえずら。ナギはいっぱい引いて道はなくなるし、

心配でこれから捜索隊を編成するかって騒いでいただよ」

「それがこの衆かえ?」

 

親方が聞き返しているところへ駐在さんらしい制服姿の中年の男性が加わった。

「天下のヤマさんの護衛なら若い衆も大船に乗ったっちゅうもんだなえ。

何しろ、親方の面倒見のいいことにゃあ定評があるだでなあ。なあオヤジさん」

と親方に寄り添っていた小父さんに、意味ありげに話を振った。

 

小父さんはすっかり赤くなって「ああ」と、聞こえるか聞こえないような小さ

な声で返事をしていた。親方はそれを慈愛溢れる目で満足げに見ていた。

「ヤマさん、ほんとにありがとう。何しろこの大雨でおとといは高校生が川に

流されちゃうし、昨日はきのうで鎌トンネルの入り口の落石で一人やられちゃ

うし、この上この衆がナギに巻き込まれたなんていうことになったら、わしは

どうすりゃいいか、命が縮む思いをしていたよ」

年配の駐在さんは本当にほっとした顔をしていた。

 

ぼくらはもっとほっとした。まかり間違ったら……。これから尋ねていくB君

の家にどうしたら行けるのだろうか?

当のB君は「母ちゃん、遅くなったけど夕方までには着くから頼むよ」と公衆

電話をかけていた。

終わり

 

 

追記

ぼくの生まれた地域では、年配者たち(叔父たち)は山津波のことを「ナギが引

く」と言っていたので田舎言葉として使って見ました。

文中多少の誇張はありますが、川に落ちて激流に流されかかったこと、鉄砲水

でぼくらが歩いていく道が目の前で失われていったこと、捜索隊編成の寸前だ

ったところへ親方や小父さんたちに助けられてたどり着いたことなどは、全て

実際に経験したことです。

 

ただし、親方と小父さんの絡みだけはぼくの思い入れです。多少は「老いのと

きめき」らしいことも入れたかったので……。

おしまい











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