昇さんの体験談 №4                 .




ノンケ爺を喰いそうな?喰いたい私 (1)



私は鹿児島のど田舎に生息する58歳の人畜無害の平凡な男です。(ノンケ

爺には有害かも)

この、ど田舎に帰って来て11年程の年月が経ちました。帰ってくる前は大

阪にいて色々な爺ちゃんとお付き合いさせていただきました。土方の爺ち

ゃん、料亭の板さん、有名企業の会長さん
etc.夫々に楽しい時間を過ごさ

せていただきました。

でも、両親の最期を看取るために11年前に田舎に帰って来ました。

5年前に父親を見送り、3年前に母親を見送りました。

両親共に見送ったら大阪に帰ろうと思っていましたが、母親の生前の最後

の言葉が

「ここから何処にも行きたくない。ここが大好きやった。ずっと此処にい

たい。」

色々なことで迷惑をかけてきた母親の最後の言葉。私の心の中に棲みつい

ている重たい言葉です。

今は、母親の最後の言葉(望み)を叶えていかなければという気持ちが強

くて、このど田舎を終の住処にしようと思っています。

 

そうは言っても、男(爺)を好きな気持ちはどうしようもありません。こ

んな、人口
2万人余りの小さな町(村?)で同好の士を探し出すのは容易

なことではありません。

タイプの爺ちゃんはたくさんいますが、下手に手を出すと住めなくなって

しまいます。

鹿児島市内、熊本市内、博多まで出掛けたら・・・・・・・。   

相手はできると思いますが、田舎の会社の給料では生活ができなくなって

しまいます。

何とか、この田舎でタイプの爺と巡り会えないかと、そんなことばかり考

えていました。

 

母親が亡くなって精神的にも落ち着いた頃、ふらりとパチンコを打ちに行

ったとき、理想の爺を発見したのです。でも、相手はノンケ・・・・・・

・・。年の頃は
70歳前位で、身長は165cm位、スリムで短髪で、笑った

時の顔が可愛いくて。私の本理想の爺でした。

それから、私の涙ぐましい努力が2年以上続いたのです。

その理想の爺(H)さんに何とか近づきたい。でも下心のある私はそのこ

とがバレることが怖くてなかなか話をするきっかけさえ見つけられなかっ

たのです。

そのパチンコ店はお客も少なくて行けば負けると解っていながら、理想の

Hさんに会いたい気持ちだけで通い続けました。それから
2年以上、どれ

だけ負けたか。(パチンコはせずにいたらいいことなのにね)

パチンコ屋に通い始めて一月になるかならない頃、私がジャグラーという

スロットを打っていると何と隣にHさんが座ったではありませんか。いつ

もは
1円パチンコしか打たないHさん、その時私は少しだけ勝っていたの

で心にもゆとりを持っていました。ジャグラーというスロットは完全告知

式で当たりを引き当てるとランプが点灯するようになっています。Hさん

の台にランプが点灯しました。でもHさんはなかなか
7を揃えることがで

きないのです。私は意を決して「揃えましょうか?」って余計なことかも

しれないと思いながらHさんに話しかけました。するとHさんは「お願い

します」と恥ずかしそうに言ってくれました。私は得意げに
1回で7を揃

えてあげました。Hさんは喜んで「有り難う」と言って席を立って行き、

缶コーヒーを買ってきてくれました。その気持ちが嬉しくて。

                              続 く



                                                   






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