昭和の思い出さんの体験 5                  .




幼い頃の祖父との思い出  .


(5)昭和のプロレスの思い出(最終回)  .



翌朝、前夜遅くに帰宅した両親に起こされて居間に行くと、既に祖父は背

広に着替え、出かける支度をしているところでした。時々痛そうに少し腰

を引くような仕草が気になりましたが、昨夜のことは両親には何も言わな

いでくれたようでした。しかしその夜、いつものように祖父とTVを見て

いた間に、突然小声で「いたたた」と言って顔をしかめたり、大声で笑っ

ている最中に急に痛そうに少し顔を歪めるのを私は見逃しませんでした。

多分、前夜の睾丸の痛みがまだ続いていたのだと思います。しかしながら、

私を力任せに張り倒した後は、陽性な性格の祖父はもう何もなかったよう

に、また無条件の愛情を私に注いでくれて一緒にTVのプロレス中継を楽

しむことができました。

 

ここで、昭和のプロレスの思い出話を少しさせてください。

私が幼い頃に見た古き良き時代のプロレス、多くの興奮させられるシーン

が目に焼き付いていますが、何といっても当時のプロレスでは、腰や下腹

の外観を整えるサポーターや股間の急所を守るプロテクターなど付けてい

なかったので、白黒の不鮮明なTV画面からも、意外なほどクッキリと日

本人レスラーの亀頭や睾丸の大きさや形が映し出されていました。その膨

らみを外人レスラーに殴られた時など、外人の大きな拳がその膨らみにめ

りこむさま、そして、身悶えしてのたうち回って苦悶するベテラン日本人

レスラーの表情とその姿は、幼い頃から年配(おじいちゃん)好きの私に

とっては「エロス」そのもので、当時の無垢で柔らかい私の脳は、こんな

シーンを毎週見せつけられたことでかなり「損傷」してしまったようです。

嘆かわしいことに今のプロレスには、そういうエロスは微塵も感じられま

せん。サポーターとプロテクターで守られた股間はまるで女の股間のよう

ですし、たまに見られる反則攻撃も、形ばかりの悶絶しかしません。その

点、私が幼い頃に祖父と見ていたプロレスでは、試合を観戦している周囲

の大人たち(もちろん祖父も)にはまだ戦争の記憶が深く残っていて、反

則攻撃を繰り返す外人レスラーに対して心からの敵愾心を持っていました。

外人の反則に心から怒り、日本人の逆襲に心から拍手していました。そん

な時代だからこそ、反則攻撃も今と違って迫力があり、股間の急所への攻

撃も本気だったのだと思います。例えばですが、悪役外人レスラーが日本

人レスラーのパンツの前をひっぱり上げて何と胸までたくし上げ、睾丸を

動けないよう固定し睾丸の形がパンツの上からもはっきりわかるようにし

てから、おもむろに大きなげんこつでそこを目がけて殴りつけるという、

極めてエゲツないけれどもとても興奮させられるシーンがありました。当

時も「プロレスは真剣勝負ではなくショー」とは言われていましたが、当

時のプロレスの観客、特に親父やおじいちゃんたちは、現代のように単な

る見世物、シナリオのあるショーと単純に割り切らず、かなり感情移入し

てある意味真剣に観戦し、そして心からプロレス観戦を楽しんでいました。

そんな時代のプロレスを大好きな祖父と見ることができたのは本当に幸せ

だったと思います。

また、当時のプロレスラーの股間を観察していると、TV画面からも亀頭

の大きさだけでなく形の差などもかなり良くわかり、当時人気だった某レ

スラーが包茎なのも子供ながらに見抜いていました。無邪気に祖父とTV

のプロレス番組を見ているようでも、小学校の5年生くらいになると、実

はもう、そんなところばかりを見ていました(汗)。

 

以上、長くなりましたが、私が(男色に通じる)性に目覚めるきっかけと

なった祖父との思い出をお話しさせて頂きました。男のお孫さんのいる方、

くれぐれも「お前、キンタマついてんのか」という言葉は、私のような子

供をこれ以上増やさないように、気を付けて使って頂きたいと思います。

幼い頃の、処理のしようも無い性欲に悶々としたあの夜は、今も胸が張り

裂けそうな切ない記憶です。          (おわり)










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