山野いでゆさんの体験談 №1                    .




私の男遍歴



(1) 惨めな初体験とその後




男には小さい頃から興味がありました。小学生高学年の頃から先生の大き

なお尻や股間の膨らみが気になって、教室や運動場でそこばかり見つめて

いた。中学になるとその方の興味は更に一段と深まったのですが、生憎、

私は悪い大人が悪戯したくなる美少年には程遠く、銭湯で大人の身体や性

器を見ては触りたい衝動を抑える毎日でした。

自慰を覚えたのは15歳位の時でしょうか?母が長姉に私の布団がゴワゴワ

に汚れて困る、そんな話をしていて、顔から火が出る思いでした。この長

姉はやや困った女性で、何処からかエロ本を手に入れ、それを家に置いて

いる様な女性だった。

小中学生の頃より『風俗奇譚』で同性愛、女装、切腹、軍隊でのSM的行

為を題材とした小説を特に好んで読んでおりました。何時か自分も女装さ

せられ、男性の妻として生きたい、軍隊で上官、飯場や監獄で同房者に性

奴隷の様に扱われたいと夢見る様になりましたが、田舎町の少年には全く

そんな機会が訪れませんでした。

18歳になり、家から出て、一人暮しが始まると誰にも気兼ねする必要も無

くなった、自由になれた喜びで私は有頂天でした。きっと嗅覚だけは天賦

の才だったのでしょうか、私は迷う事無く、渋谷にあった映画館に入り、

ドア傍の通路に立ちました。すると直ぐ男の手がお尻や股間に伸び、私は

それを払うどころか、待ってましたとばかり、男達のなすがままでした。

二人から同時に前と後ろを触られ、怖い所か有頂天でした。

気付くと私のズボンは降ろされ、剥き出しになったお尻と股間を男の手が

無遠慮にいたぶります。私が本でしか知らなかった世界が現実になりまし

た。快感に酔い痴れていたら男の一人が外に出ようと言うので、私はズボ

ンを上げ、男の後に従い、映画館の外に出ました。

全線座の裏を山手線が通ってます。男は宮下公園の一角、山手線の土手の

茂みの中に私を連込み、私のズボンを降ろし、私の性器を口にしました。

自慰とは全く異なる快感に腰が震え、短時間で男の口の中で爆ぜてしまい

ました。

男は同じ事をしろと私に言うので、私は止む無く男の性器を生まれて初め

て口にしました。自分が射精すると現金なもので、寒さが気になり、公園

の人や、傍を通過する電車が気になり、私の身が入りません。結局、二人

とも白け、彼はその日、射精を諦めました。

公園を離れ、近くの喫茶店に行った。おしぼりを咥えるようにして開封し

ようとした男が何か恨めし気に私を見つめます。その時、私は初めて男の

顔をまじまじと見たのです。映画館の時も、公園の時も、男の顔には全く

関心が向かわなかったのです。男はまるで蛙の様な顔で、この人が自分の

初体験の相手かと思うとやたら惨めな思いがこみ上げて来た。

初体験、せめて、寒い公園の片隅ではなく、相手の部屋かホテルでしたか

ったと後悔しきりでした。

 

さて、一度体験すると、あとはゲイ道にまっしぐらです。映画館に行けば

男に会えると分かったので、東京から北の街に戻り、お金があれば安い名

画座やピンク映画館に出入りし、その場で男の相手をしていました。或る

時、東京からの出張者に誘われ、初めて連込み宿で関係しました。

二人とも直ぐ全裸になり、抱き合い、相互に口に咥え、最後は手でお互い

の腹の上に射精。すると男はその精液を自分の身体、私の身体に塗りたく

り、彼の初体験の事を話して呉れました。

終戦から十数年後の埼玉県所沢、男は米兵二名に誘われ、彼等の宿舎に行

った。米兵は当時少年だった男を寝そべらせ、マスタ-べ-ションをし、

精液を少年の上に射出するとそれを手で少年の身体全体に塗りたくったそ

うだ。私の外国人への憧れの切欠となった話でした。

初めてのアナルは50代半ばのやや小太りの男で、月に数回、電話で呼び出

され、連込み宿で関係しました。一度目か二度目の逢瀬の時にお尻に挿入

された。それは飛びあがる程の痛さだけで、呼出があると憂鬱であったが、

それでも、男に抱かれる喜びには抗らえなかった。

こうして、18歳/19歳の、まだあどけなさの残る若い身体は男の精液を

栄養を求め、北の街を男を求めて彷徨う日々だった。   (続く)











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