山野いでゆさんの体験談 №3                    .




私の男遍歴



(3) 北の街の男達 (中)




映画館で中年男に自分の泊っている所に誘われ、映画館や公園で排泄行為

みたいなセックスよりは格段にマシと思い、男に同意した。だが、男の泊

っている所は列車で一時間以上も掛る新興の産業地域であった。男は大阪

からの長期出張者で、ある化学メ-カの工場進出の為に派遣されていた。

男は旅館に下宿しており、女将と慣れた調子で、布団を一組お願いしてい

た。女将は嫌な顔せず、私の睡眠用の布団を直ぐ運んで来た。

 

 私達は時間を惜しむかのように急いで全裸になって、布団に入ったのだ

が、私は男の身体を見てちょっとたじろいでしまった。男の胸には肋骨が

浮かび上がり、腹は凹んでいる。だが、まるで男の栄養が全て性器に行っ

たのか、それは今まで見たどの男よりも太く、長かった。私達は身体を密

着させ、舌を絡ませながらキスを繰り返した。シックスナインの体系でお

互いの性器を口に咥え、舌を鈴口やコロナ、竿をなぞり、男の巨根を堪能

したのだが、だが、頭の片隅では私は骸骨に抱かれていると呟いていた。

朝食前にも身体を重ね、女将が二人分の朝食を用意して呉れていたので、

それを食べてから彼の元を去った。宿を出る前、男は私が使わなかった布

団を使った様に見せる小細工をしていた。案外、女将は気配でそうと感じ

ていたかもしれないのに。自分が鶏ガラとさんざん言われ続けていたので

小太りに憧れていた。だから、この超ヤセ男とは一度限りの関係となった。 

深夜の公園のトイレ、40半ばのガッチリ体系の男に声を掛けられ、真っ

暗な道路に停められていた車に行くと、車内にもう一人の男がいた。男の

車は小型トラック、向かった先は私の住んでいる場所から案外直ぐの場所

だった。男二人の住む部屋は二階建ての長屋風だが、家は良く片付いてい

た。やや若い方の男は踊りの師匠で呉服訪問販売する男の習い性かもしれ

ない。誘った男は建築業の職人だった。

夜も遅いのでお茶も飲まず、直ぐ布団に入った。職人が真ん中で、職人の

身体を挟んで、云わば、ウケ二人が男を分け合った。彼の股間に手をやる

と、彼が私を抱き寄せ、口に舌を入れて来た。男の胸はとても厚く、剛毛

が程よく淫らに生えていた。師匠が股間へのサ-ビスを中断すると私がそ

の役を取って変わった。師匠の唾液で湿った性器はギンギンに勃起してい

た。サイズは並で、身体の割にはやや粗末な気がしないでもなかった。

 

生まれて初めての3P体験だった。職人が私をうつぶせにし、勃起したモ

ノを私のお尻に挿入しようとしていたら、師匠が隣りでしくしくと泣き出

し、男が起り、私は完全に白けてしまった。マンネリ化した夫婦生活の刺

激と思って私を公園で拾ったが、いざ、自分の男が他の男のお尻を可愛が

るのを目の当たりにし、哀しくなったようだ。職人は『言い出したのはお

前だろう』と、師匠に怒っていた。この時は何だかすっかり性欲も遠ざか

り、3人、そのまま、寝る事にした。

明け方、北国の空が暁色から白々と変わり始めた頃、3人で又戯れだした。

手や口で3人が入り乱れて布団の上で淫を尽くしていたのだが、上階が何

やら騒々しい。私達が『死ぬ、死ぬ』『いく』と喘いでいた時、上の階で

も『死ぬ』『往く』と騒いでいた。それから朝まで上の階はてんやわんや

の騒ぎで、私達は自分達の不謹慎を恥じつつ、昨夜の痴戯、痴話喧嘩を思

い出し、苦笑いした。私は踊りの師匠とは職人の男を奪い合う間柄だが、

朝になれば仲好姉妹宜しく、旧知の間柄みたいになった。彼等が家を郊外

に見つけ、そこにも呼ばれ、行けば私が泊り、3
Pとなる。彼等は真の夫

婦よりずっと深く結び付き、私が入る余地など全くなかったが、電話があ

ると会う約束をしていた。特に職人は理想の人としかも同郷だったので、

猶更、彼に会うのが楽しみであった。

 

同じ公園のトイレ、深夜にアメリカ人に泊る所が無い、これからだと家ま

で帰るのが辛いと泣き疲れ、自分の部屋に連れ込んだのだが、彼がゲイな

んかどうなのかハッキリしない。一緒に男が持参した酒を分け合って飲み、

さぁ、寝ようかと言うが、誘いもしないし、抱いても呉れない。今なら、

そんな馬鹿な迷いはしないが、その時はこちらからは手を出さなかった。

でも、彼が寝返りを打った時、ブリ-フが大きく勃起していた。それでも、

手を出せない。未だ、男を知って2年程度で、自分は相手が誘うのを待つ

事しか知らなかった。

 

いよいよ生活が苦しくなり、夜の仕事を始めた。手始めは深夜サウナであ

った。
10時から6時までの8時間労働。5時頃からの浴室清掃が一番大変で、

深夜は浴場を見廻り、桶などを片付けたりしていた。時々、倶利伽羅紋々

のオジサンに背中を流させられた。程よく肉が付いた桜色の身体に刺青が

映え、背中流しは仕事外だが、私には余禄みたいなもので、それなりに楽

しめた。まさか、刺青の極道のお兄さんの裸に直に触れるなどとは夢にも

思わなかった。只、労働時間の長さに比べ、賃金は安く、私はサウナの近

くで見たチラシに惹かれ、或るバ-のドアを押した。

そこは一種のぼったくりバ-で、ホステスの男は殆どが極道かそれに近い

人で、そんな男の中にはついこの前まで府中や函館に居た人も数人居た。

だからなのか、私には余り極道に対して抵抗感が無くなっていて、彼等も

若い、世間知らずの私には鷹揚であった。多くは極道と言っても、ホステ

スの紐であったり、呼び込みであった。刑務所の暮しや、誰かれの噂で、

刺青が秋刀魚私が見たいだと話をしている時は一緒になって笑っていた。

ここを数か月で辞めたのはあるホステスに、『ここのオ-ナ-とバ-テン

は出来てるのよ。あんたもオ-ナ-に誘われたのではない?』と聞かれた

からだ。私にしてみれば、例え、遊びでも一度位、声を掛けてよと悔しく

て、それで店を辞めたのだ。私にはそんな秘密めいた楽しみなどなく、と

ても惨めに思えたからだ。こうして、私は夜の世界にどんどんと染まって

行った。 (続く)











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