山野いでゆさんの体験談 №9                    .




私の男遍歴



(9) 熟年との年月




 20歳年上の熟年黒羽さんと出会ったのは西新宿のトイレであった。私の

隣の男は小柄な熟年であったが、私の眼はその
15センチを優に超える巨根

に釘付けとなった。そこはプロ、集りが多いので、私はこちらから話し掛

けたり出来なかった。だが、その見事な物を触りたい、しゃぶりたく、中

々、そのトイレを去り難く、逡巡していると彼が私に話し掛けて来た。私

が音楽
CDを買っての帰りと聞き、では、家でそれを聞かないかと誘った

のである。家に誘うプロも居ないだろうと安心し、私は頷き、彼の家を訪

問した。家は中央線の駅から徒歩
10程の閑静な住宅街の中にあるアパ-ト

の一室だった。彼を貧しい熟年かと誤解したが、その物件は彼の所有する

もので、彼は親が亡くなった後、そこを建て替え、賃貸しアパ-トとし、

その一室に大屋管理人として住んでいたのであった。

 音楽を聞いて居るうちに自然に寄り添い合い、私は彼の股間に手を伸ば

し、ベルトを外し、彼の性器を露出させた。口に含むとムクムクと直ぐ大

きくなりだし、私の口に余る様になった。トイレで見たままの巨根で、今

まで経験した日本人のトップ5に入る見事さだ。呼吸が苦しくなると、休

みがてら、その雄根をじっくりと観察し、又おもむろに咽喉奥深く飲み込

んだ。射精を咽喉で受け、そのまま飲み込んだ。その後、キッチン兼ダイ

ニングでコ-ヒ-を頂き、そのまま話し込み、昼食を御馳走になり、別れ

る前に再度、寝室で全裸になって絡まり合い、二度目の射精は
69の姿勢で

ほぼ二人一緒であった。

 黒羽さんと出会ってから、電車内で他の男と触り合う事があっても、発

展場、淫乱サウナなどに通うのは止めた。そんな所に行く必要が無い。寂

しい時や仕事が遅くなり、帰宅が面倒になったり、終電に間に合わない時

には彼の家に泊まり込む様になっていた。

 黒羽さんとは趣味、興味が一致する事が多かったので、飽きる暇も無か

った。読書、映画、音楽(クラシック、ジャズ)、登山、街歩きなどであ

る。当時、私は車を保有していたので、私の長い休みは車で東北、会津、

上信越などに数日間、登山がてらに旅していた。彼は山小屋などは嫌いな

ので、私達はテント泊り主体であったが、それは又、プライバシ
-が確保

出来たので誰に邪魔される事もなく、山上で痴戯をむさぼった。彼は夏山

が嫌いで、だから私達は中低級の冬山、丹沢や奥多摩、奥秩父などに、無

人の山小屋を利用しての登山を楽しんでいた。冬山は寒い。だから、時に

は寝袋に一緒に入り、胸から腰だけをはだけ、身体を温め合っていた。彼

は当時
60後半、小柄であったが、体力は私以上で、冬山装備もへちゃらで

あった。黒羽さんに誘われ、私は彼の所属する登山会に参加したが、余り

の二人の仲の良さを他の男女の会員から疑われ、揶揄われた事もあった。

黒羽さんとの年月に登場する男は東和さんと言う、黒羽さんよりはやや若

い、当時
60半ばの、小柄、小太りの男であった。私が度々黒羽さんの家に

泊まっていて、そこから出勤する事が多くなっていた。中央線の発展車両

仲間である東和さんを直ぐ知った。私は当初は余り好きでは無かった。巨

根マニアの私には物足りなかったからである。でも、誰にも相手されない

朝、相手を選んでいる立場でも無い日は何時しか東和さんの手を待ち望ん

で居たかもしれない。彼に近づかれ、触られと、つい身体を開き、彼がズ

ボンの中に手を伸ばし、私の勃起した性器を曝け出すままにしていた。彼

の手で何度か車内で射精させられ、そんな事があると、私は黒羽さんに今

朝も電車内に色きちがいの爺さんが居て困るなどと溢していた。

 一度話し始めると中々面白い人で、旅行が大好きと知った。黒羽さんと

の交際では旅行が欠けていた。黒羽さんとはせいぜい、山のついでに温泉

だけで、ましてや海外旅行など絶対有得ない。だから、私は
GWや冬休み、

夏休みには東和さんと一緒に旅行する関係、良き旅友となっていた。黒羽

さんには隠してないし、直に東和さんを紹介し、一緒にハイキングに行っ

たりする間柄となった。

 東和さんとは一緒に手始めに韓国に行き、それから台湾、欧州、アメリ

カには二度行った。東和さんは色情魔的な男で、暇さえあれば私の性器に

吸い付き、又、私の同様な事を要求した。好奇心も旺盛で、海外旅行の目

的は海外発展場巡りの面も濃く、アムステルダムの映画館やロンドンの深

夜の公園、フロリダのゲイホテル、台湾のゲイサウナと、ネットが未だ広

く普及していなかった時代、スパルタカスガイドで調べたゲイスポッとに

行った。年上の好きな韓国人を東和さんに紹介し、彼等が私の眼前で愛し

合うのを見たり、ロンドンでは友人リチャ-ドにその舌技を発揮し、リチ

ャ-ドを喜ばせていた。

東和さんには若い相手が居たが、お互い、不満を抱えての関係だったので、

若い相手も私と東和さんが一緒に海外に旅行しても文句を言う所か、別の

もっと魅力的な男と関係していた。東和さんとの関係も黒羽さんの関係と

重なる形で数年続いた。それが破局したのは私の気持ちが黒羽さんにあり、

東和さんはあくまで浮気程度と思っている私の態度、対応に対する不満が

蓄積していたからである。東和さんには悪いと知りつつ、巨根と短小、教

養と無教養、独身と家庭持ちでは、例え、黒羽さんの古い関係の男が有っ

ても、私の気持ちは変わらなかった。そんな折、東和さんが駒込にある施

設で小太り熟年好きな私と同年代の男に出会うと、今までの私に対する恨

みが一気に爆発し、私は東和さんから酷く嫌われ、嫌がらせ的な行為を受

ける様になった。男の嫉妬と妬み、恨みの執念深さには参ってしまった。

黒羽さんとの関係であるが、猛吹雪の山中、簡易テント一枚で一夜を過ご

し、命からがらに無事下山出来た私達の関係は今まで以上に密接となった

と私は誤解していた。彼には親子関係みたいな私よりも年上の芸術家が北

関東に居た。私もその男に何度も会った事がある。登山の帰りになど、そ

の男の所に泊り、一緒に昼飯を食べる事が多かった。その男が二週間に一

度、2泊の予定で上京すると私は彼の家に行くのを遠慮していた。

彼が70才頃になると勃起が殆ど出来なくなり、私が家に遊びに行っても私

に尺八させてくれなくなった。私を手で扱いて射精さすだけの関係になり、

私はそんな一方的な関係が嫌で、だから、彼の家に行く頻度がどんどん少

なくなったが、友人としての関係は続いていた。だが、息子と呼んで居た

男が郷里の家を畳んで上京、黒羽さんのアパ-トの一室に住む様になると

私達の関係は急激に冷えて行った。まるで実家が長男の嫁の思い通りにな

った、そんな感じである。数年前に会った時は痴呆も見られ、今の状態が

心配である。息子みたいな男が面倒見ているだろうが、鶏ガラみたいに痩

せた非力な男に果たして介護など満足に出来るのだろうか?











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