山野いでゆさんの体験談 №10                    .




私の男遍歴



(10) 大工の関さん




 20歳年上の熟年黒羽さんが不能になり、性生活から遠ざかると、やはり

男の身体、硬い性器をしゃぶったり、アナルで感じて見たくなり、独り寝

の夜が恨めしくなった。勿論、東和さんと言う、旅友が居て、合えば一緒

に寝たが、それは何処か、酔えない、義理セックスに近かった。自分は未

40代半ば、未亡人みたいな生活は出来ないと思い、黒羽さんには悪いと

知りつつ、雑誌で交際相手を探した。数人から手紙が届いた中から選んだ

のは自分のアパ-トからさほど遠くも無いが、近所でもない、一つ年上の、

小太り中年であった。大工をしている関さんで、初めての日、私はどんな

人なのか不安で、家ではなく、近くの公園を待合せ場所にした。もし、信

用ならない人ならそこで別れ、自宅の場所を知られたくない様に画策した。

会った瞬間、善良そうで、信用しても間違いないと思い、直ぐ家に案内し、

挨拶そこそこ、私達はベッドにもつれ込んだ。

 関さんは身長が162センチ位、体重は66キロ程度、胸毛はほんの数本が

乳や胸の谷間にあるだけで、餅肌みたいに柔らかい身体をしていたが、肉

体労働なので、腕や脚は逞しかった。性器は並の上で、亀頭が美しいピン

ク色で、ぷっくりしており、私の理想に近かった。久し振りの男に私は感

激し、たっぷりと彼の性器をしゃぶり、最後は身体を折られ、深々とアナ

ルを犯されたが、コンド-ムを付けてであった。私もそれには異論が無か

った。私のアナルで尿道炎にでもなったら私が困惑する。セックスの後、

簡単な食事と酒を用意し、お互いの事を色々話し合い、入浴し、再びベッ

ドに戻り、その日二度目の交合を果たし、或る程度酒が抜けた頃、関さん

が自宅に帰った。

 関さんには奥さん、子供が3人居たが、奥さんとの性交渉は殆ど途絶え

ていたそうだ。子供は全て働いていたが家に同居していた。私が関さんに

電話した時、息子と関さんを間違えた事があり、関係を疑われなかったか

心配になった。私は土日が休みなので、関さんは毎週土曜日夕方、現場か

ら真っ直ぐ私の家に来て、深夜まで一緒に過ごす様になった。数回、泊ま

った事がある。その時、彼は職人仲間と深夜サウナに泊ったとか嘘を付い

ていたと聞き、そんな嘘は簡単に奥さんにばれると思い、なるだけ家に帰

って貰うようにした。毎週土曜日、私はアパ-トの来客用駐車場のスペ-

スを彼の為に予約し、深夜、警備員に鍵を返しに行くので、警備員の間に

も有名になったのか、偶に、駐車場がロックされる前に鍵を返しに行くと、

『あれ、今日は随分早いね』と揶揄われる事があった。

 関さんは殆ど休みが取れないので一緒に旅行は中々出来なかったが、日

帰りで北関東の温泉には度々出掛け、一年に一度、一泊で会津や信州に行

けた。遠出する時は私が彼の家に行き、目的地まで私が運転し、帰りは彼

が運転していた。彼が運転して居る時、私の手は自然に彼の股間に延び、

性器を擦っていた。勃起すると、それが見たくなり、ズボンのファスナ-

を下し、彼の性器を無理矢理取り出し、手でその熱い感触を味わうのだが、

性器が大きくなればなるほど、私の淫心を掻き立て、とうとう堪らず、私

は彼の股間に顔を埋めていた。信号で止まると尺八を中断し、動き出すと

再び行為を繰り返し、やがて彼の家の近くまで帰ってしまった。二人とも

そのまま別れられない状態なので、関さんは車を人気の無い公園の駐車場

や大河の河原に乗り入れ、私達は火が付いた欲情を車内や車外で発散した。

彼の性器をしゃぶり、充分硬くしたあとコンド-ムを装着し、彼が後ろか

ら私の尻を犯した。時にはコンド-ムが無くて、そのまま生挿入した事も

ある。ある時など、神社境内に車を停め、私が尺八していたら、神社に住

み着いていたホ-ムレスが私達の行為を見て、眼を白黒させていたが、中

断出来なかった。関さんの家に寄ると奥さんに出迎えられ、家でお茶を出

されたのだが、私は後ろめたく、一刻も早く彼の家を去りたかった。或る

時など、奥さんに挨拶中のおならをし、彼に睨まれた。でも、それは彼が

直前に私のアナルを散々突き、いじくりまわしたからだが、まさか、それ

を奥さんの前で弁解出来ない。それより私はおならをした時、私の尻から

関さんの精液の匂いが立たないか、それが心配であった。

 私は土曜日、彼の来るのを家でじっと待っていられなく、何時しか、昼

頃、彼の働いている現場に行く様になった。建築中の建売住宅の二階に上

がり、私が関さんの性器をしゃぶり、尻を挿入して貰っていると下で関さ

んを呼ぶ声がした。工務店の社員が様子を見る社員が業務連絡をする為、

時々、現場廻りをする。私達は急いで離れ、ズボンを引き上げ、何食わぬ

顔をしてその男と会った。時には一つの小規模建売住宅現場で数人の仲間

の大工が一緒に働く事もあり、そんな時は昼食は一緒で私も誘われたが、

食後は皆、自分の受け持ち現場で昼寝などをするので、私達は余り邪魔さ

れる事もなく、忙しく愛の交歓をなしたが、流石、全裸にはなれないので、

何となく立小便的な感じがしない訳でも無い。勿論、その日の夜、関さん

が家に来て、入浴後、食事、セックスとなった。入浴前に私は食事の支度

を整え、風呂は一緒である。浴槽で彼の身体を浮かせ、私は性器を存分に

しゃぶり、時には石鹸を潤滑剤代わりに洗い場でアナルを苛めて貰ったが、

射精はベッドまで持ち越した。毎回ではないが、私は関さんに、特に身体

を折られる様に上から責められているとトコロテン射精する様になってい

た。後ろからではそんな事がない。

 家庭持ちではあるが関さんは私を大事にしてくれていた。盆暮れは私を

家に呼び、家族の一員みたいに遇して呉れて居た。大晦日は関さんの家で

家族全員と一緒に食事し、正月2日午前に関さんの家に行き、それから二

人で北関東のある有名な神社に初詣に行くのが例年の決まりになっていた。

神殿に上がったのはこの時が初めてである。皆が頭を下げ、御祓いを受け

て居る時、私は好奇心で人々の表情を見て居た。昼食後、帰宅するのだが、

私は待ち切れず、彼の家の近くの河原で初飲精を受け、一旦別れた後、関

さんが私の家に気て、二人きりの食事の後、姫初め、彼のビンビンの性器

を私のアナルに深く埋め、直腸内に多量の精液を頂いた。

ただ、困った事に私も大工仲間と言う事になっているがどう見ても私はそ

んな感じではない。そこで、何時しか、土曜に私は大工の真似事をする様

になっていた。棟梁でも無い限り今の大工は余り知識や技術は不要だ。大

方のパ-ツは完成品で届けられ、それを釘で組み立てて行くだけであり、

電動工具が普及し、力が無くても何とかなるのである。只、怖かったのは

事故や怪我で、もし、これが元で会社に出勤出来なくなったら本職を失っ

てしまう。そこで余り深入りするのは止め、再び、夕方、家で関さんが来

るのを待つ様になった。

 或る時、久し振りに黒羽さんから電話があり、お仲間の絵の絵画あるか

らと誘われた。隔週日曜日と言う事で参加して見る事になった。東京の公

園で写生し、その後は居酒屋、そして二次会はゲイバ-と流れた。それは

それで関さんとの交際とは別な楽しみであった。只、私は酒を呑んで、カ

ラオケで歌うのが楽しみで、男は関さん一人で満足していた。関さんが会

いたいと言うと、写生会が終わると居酒屋での懇親会を諦め、関さんの待

つ場所、或は自宅に帰っていた。

 関さんは私の知人、友人に会いたがるので、私の家は熟年の集まる場と

なった。花見やカラオケ、温泉、多い時は6人位が私の家に来るので、結

構、忙しい思いをしたが、関さんを初め、皆が喜んで呉れるので余り苦に

もならなかったし、時にはそのまま乱交パ-ティになる事もあった。私は

関さんが他の男と遊んでいるのは内心穏やかでは無かった。でも、言って

見れば、自分が企画しているので、墓穴を掘って居る様なものだ。二人が

遊んで居る所に分け入り、関さんが射精する時は私のアナルにさせた事も

ある。又、東和さんと彼の駒込フレンドの男、長野のカップルと群馬の温

泉での乱交パ-ティを企画したが、長野のカップルの一人がとても嫉妬深

く、彼の相方が他の男と遊べない様にするので、同じ部屋で、3組が何時

もの相手と重なる事となって、私は両脚を掲げ、関さんに圧し掛かられ、

アナルに彼の精液を受けた。二人で温泉に行き、精液や体液で汚れた身体

を洗い合った。今思うと、この頃が私の幸せの一つのピ-クだったかもし

れない。











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