山野いでゆさんの体験談 №11                    .




私の男遍歴



(11) 不倫と彼の発病




 西多摩に住む羽村さんが主宰するゲイの絵画クラブに参加していたが、

羽村さんを特に意識する事は無かった。私には関さんと言う相手が居たの

で、他の男の相手をしている時間は無かったし、羽村さんは所謂、モテ筋

で、私など相手をするとは思って居なかった。

 絵の会の新年会が西多摩の羽村さんの家で持たれた。私は郷里から送ら

れたりんごの幾つかを手土産に彼の家と向かった。時間がかなり早かった

ので、彼の家の近くの店を覗いたりし、集合時間の
15分位前まで付近で待

機し、それから羽村さんの家のドアを叩いた。彼の家には未だ誰も到着し

ていなかった。私は彼に差し入れの林檎を手渡し、台所で料理の手伝いや

ら宴会の卓準備を手伝いながら雑談を交わした。それまでは羽村さんと二

人きりでゆっくりと話す事も無かった。埼玉から西多摩までの経路を聞か

れ、路線を説明していて、思ったより早く到着したので、付近で時間潰し

をしていたと、つい、答えてしまった。羽村さんに、なら直ぐ此処に来れ

ば良かったのに、何故、冬の季節、外でと聞かれ、二人きりになるのが息

苦しく感じ、嫌だったと答えてしまった。それまでは村さんを特に意識し

なかったのに、その朝、急に気になり出したのだ。好きになった人が出来

ると、意識し、かえって、その人の遠くに座ってしまう引っ込み思案、暗

い性格が出てしまうのだ。それにしても何とも無様な告白だった。

 狭い部屋だったが、凡そ10人弱が集まり、新年会は盛会のまま、お開き

となり、私は黒羽さんらと一緒に羽村さんの家を出た。その日の夜、羽村

さんにお礼のメ-ルを送った。それから私達は頻繁に私的なメ-ルを交換

し、随分と踏み込んだ話もする様になった。新年会の告白から2カ月後、

絵の会の2次会が上野で持たれたが、宴会の後、二人は示し合わせて、皆

が帰ったのを見届けてから、二人で私の家に向った。この日が私達の初夜

で、真面目一方の彼が実はとても淫乱な人間だと知ってビックリした。彼

は一度勃起するとそれがずっと持続するし、悶え方、よがり声も凄まじく、

快楽の追及に貪欲だった。私は彼の並ながら美魔羅が気に入り、何度も何

度も口にし、乞われるまま尻穴にも舌を這わせた。

 初めての蜜月旅行はそれから一月後、信州への写生旅行で、未だ芽吹い

たばかりの信州の高原や水芭蕉の森で写生の傍ら、羽村さんの魔羅を自然

の中で尺八し、精液を飲んで、宿では淫獣の様に盛り合った。羽村さんと

は絵の会の日や前後に会う間柄となったが、それは関さんとの関係の中で

は浮気、不倫の様なものだ。関さんには写生仲間との旅行だとは話をして

いた。羽村さんは気が弱い所もあるので、トラブルを恐れたのか関さんと

会おうとはしなかったので、紹介する機会が無かった。浮気は悪いと知り

つつ、仕事があり、家庭がある関さんと、独身、無職の羽村さんは何かと

都合が良かったし、共通する趣味があるのは一緒に居るだけで幸せな時間

が持てた。

 羽村さんは貧乏でも無職を選び、私も会社を早期退職したので、それだ

けでも私達は共通項が多かった。一方の関さんは契約大工であったが、契

約していた工務店が倒産し、大工の手伝いをし、或は副職の配送仕事を初

め、生活がかなり不規則になっていた。だから、毎週土曜のデ-トが流れ、

逆に突然来訪する事もあった。関さんが家に来ている時、時々、酷く痛が

ったり、トイレから中々出ない事もあった。今思うと、生活の不安などが

彼の身体を蝕んでいたのであろう。彼は独立開業のうたい文句に騙された

と、自分の早計な判断を悔やんで居た。紹介される配送の仕事は不定期で、

しかも厳しく、殆ど金にならず、寧ろ、開業資金の借金が重く圧し掛かっ

ていたようだ。 

 関さんとは連絡が取れない状態になっていた。彼の家に電話すると家族

が出るので電話を躊躇っていた。携帯に公衆電話から電話すると(登録外)

着信拒否。私は携帯電話を持って居ないので、関さんには私の家庭電話か

らの受信は許可するように依頼していたが、操作が分からないのか、その

まま通話出来ない状態であった。そんな事が数か月続き、私は亭主の留守

の間に不倫狂いではないが、羽村さんにそれだけ頻繁に会うようになって

いた。そんな折、関さんからやっと連絡があり、大腸がんで入院手術と聞

かされた。私は手術後暫く経ってから病院に見舞いに行ったのだが、奥さ

んと長男の嫁、孫が来ていて、見舞いの物を渡し、ちょっと話をしただけ

で病院を後にした。病院は私が居れる場所で無いと肌に感じさせられ、ち

ょっぴり惨めな気分がした。家族を居ないだろうとその後も病院に行くが、

二人きりになれる事は殆ど無かった。以前なら彼から人気の無い所に誘う

とか、カ-テンを退くのだがそんな事はない。だが、大腸癌は比較的コン

トロ-ル可能な病気と思われているので、そんなに深刻な顔をしていなか

ったのが救いである。だから、私もつい病気を軽んじて居た。だが、彼は

病気を機に家族の元に帰ったのである。また、病気でやはり気弱になった

のか、奥さんが信じて居る新興宗教に傾倒し始めていて、更に私から遠ざ

かって行こうとしている、そんな気がした。

 退院後、関さんは当分は仕事も出来ないので、時々私の家を訪れる様に

なった。オストメイト、人工肛門を装着していた。飲食後、前の様にベッ

ドに入ったが、前の様な濃密な時間を持てなくなっていた。肛門括約筋を

取り去ると勃起中枢に影響が出る様で、勃起出来なくなるそうだ。それで

も、私はうなだれた関さんの性器を口に含み、時間を掛けてゆっくり愛撫

した。長時間、何の変化も見れず、全く、うんともすんともしないが、最

後には射精みたいな状態になった。関さんにそんな事は気にしないでと良

いと言い、その後も何度か彼が訪れた。死んでしまった様なうなだれたま

まの彼の性器だったが、徐々に、私の口の中で脹れるようになり、その状

態で、ひくひくと脈打ち、射精する様になり、暮頃には半勃状態まで回復

していた。だが、相変わらず、連絡は一方的なので、関さんの事を気にせ

ずに羽村さんとの密会の予定を立てていた。年末、関さんがこれから行く

と連絡して来たので、都合が悪いので正月2日は延期出来ないか、又、一

緒に初詣に行きたいと答えた。それから関さんから全く電話が掛る事は無

かった。私は度々、手紙を書き、連絡をお願いしたが、余程の立腹なのか、

連絡が来る事も無かった。











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