山野いでゆさんの体験談 №16                    .




私の男遍歴



(16) 大陸の両端



 海外出会サイトである日系英国人に出会った。サイト内のメンバ-旅行

予定リストをクリックしたら
15歳年上の男性が東京近辺で泊まる所を探し

ていたのでメッセ-ジを送って見た。彼は在英半世紀で、国籍も英国籍に

なっているが、家族は東京に住んでおり、年に一度、来日していた。それ

までは板橋区にある年上の友人の家に泊まっていたが、相手が高齢化して、

同居も無理になったらしい。私のライバル的な知人も手を挙げたが、彼で

はなく、私を選んで呉れた事も嬉しく、私は快諾し、彼を迎えた。

 成田まで迎えに行き、荷物は宅配にし、身軽な姿で埼玉の我がアパ-ト

に向った。家に着くなり、彼を浴室に誘い、長旅の汗を流した。体格はほ

ぼ同じだが、ゴルフで身体を鍛えているので、私よりよほどしっかりして

いる。少し休もうとベッドに横になったが、休むどころか、私達は直ぐ重

なり合い、キスから尺八、そして彼の、
15歳年上とも思えぬほどカチカチ

に勃起している性器をアナルに迎えた。一休みし、午後、又、抱き合い、

彼の精液を飲み、それから二人で近くのス-パ-に買物に行った。彼は海

外生活が長く、結構、好き嫌いが多いのでやや面食らったが、考えてみれ

ば自分も海外に居ると和食に興味が無くなり、ロ-カル食に馴染んでいた。

それは地産地消が一番安く、一番美味しいからだ。

 私達の短期同棲、彼にはお金を請求しなかったが、彼から光熱費などを

渡された。又、食費は完全割り勘にしていた。外食は気分次第でどちらか

が払ったり、割り勘にしたりしていた。この方法は私が英国の彼の家に滞

在する時も踏襲していた。こうする事で、居候の惨めさも無くなり、お互

い、言いたい事を言える様になる。些細な金額でも、金銭的なしこりはや

がて不信、不満に繋がる。数泊なら兎も角、数週間ではこんな気配りがお

互いに必要と思う。

 彼が家族と会う時は一緒に行き、仕事関係で知り合った仲と、そう彼の

家族には話をした。又、姉夫婦と一緒に温泉にも行ったが、この時は全て

の費用は彼の姉が負担してくれた。彼の義兄は良く酒を呑むし、料理の好

き嫌いも無いのだが、彼と彼の姉は酒を飲めないし、料理の好き嫌いも激

しかったので、私は義兄と一緒に飲み食いするのが好きだった。部屋は姉

風と私達とは別々なので、昼は友人同士を装い、夜は淫乱カップルとなっ

て暇さえあれば69、アナルと、抱き合い、睦み合っていた。

 翌年の初夏は私が英国に行き、2月間滞在し、帰国はウィ-ン、ブラテ

ィスラバ、ブダペストを2週間かけて旅行してから帰国した。欧州旅行は


10
年振りだったので、懐かしく、又、楽しいものであった。彼の住む町も

公園の中に町がある様な所で、私は何時かここに一緒に生活するのを夢見

て居た。彼はゴルフ、私はゴルフ場周辺をハイキング、その後はス-パ-

で買物してから帰宅し、又、時には彼の知人のアパ-トに向かい、そこで

夕食を頂いていた。身障の熟年が居り、時々、その人の所で彼が料理をし、

雑事をこなしていた。云わば、後見人みたいな事をやっていたので、週に

最低でも2回はそこに行く事になった。この時、私は一緒に居ても退屈な

ので、夕食前にアパ-トに戻る事にし、海辺や街を歩いていた。

 その南部海岸の町はゲイにも人気の場所で、かなり前、彼を知る前に、

その町にあるゲイ民宿に宿泊し、ヌ-ディストビ-チで一日を過ごした事

もあるし、街には数軒のゲイバ-、クラブ、ゲイサウナがあったが、3人

で夕食を摂り、夕方には自宅に帰るので、ゲイバ-などには行けない。一

度だけ、昼にゲイサウナに入ってみただけだ。私と同じ年齢の巨漢に誘わ

れて、抱き合っていたら、彼の長年の相手(同性婚)である比国人が個室

に加わった。変則的な3Pとなってしまった。私がその巨漢の性器を咥え、

巨漢が比国人を尺八していた。比国人から彼等がフィリピンに居る時なら

家に遊びに来いと誘われた。彼等はロンドンの東の町に住んで居て、家に

も呼ばれたが遠過ぎた。

 ロンドンまでは3時間弱、高速バスの割引チケットを利用すれば往復で

3000
円程度で出れたが、特に今更見たい所もないので、寧ろ、彼に案内さ

れて近隣の村を訪れたりする方が好きだった。自然世界遺産に登録されて

いるジュラッシクコ-ストは有名な観光地だが、世界遺産だからと言って、

お金を取られるのは駐車場代程度で、日本みたいに馬鹿高い入場料を徴収

されないし、人混みでもみくちゃにされる事もない、とても静かなハイキ

ングを楽しむ事が出来た。

 日英で別々に暮らして居る時はスカイプで連絡取り合い、又、年に一度

づつ、相互に訪問滞在していて、彼とは口約束で、何時かは一緒にと話を

していて、私もその気になっていた。彼の家族とも準家族並みの扱いを受

けていた。連絡が途絶えると、病気ではないか、何か事故でもと心配にな

ってしまう。やはり相手が元気、精力旺盛でもかなり高齢なので、やはり

心配になってしまう。

 三年目、彼が身障の友人と一緒に来日したが、彼の姉はその友人とは古

くからの馴染なので、まるで私は召使みたいな扱いで、私も何となく不愉

快になってしまった。私は彼にあの友人との関係はどうなんているのだ、

結婚しているのかと聞くが明確な回答は得られない。草津温泉に五人で行

った時、部屋は3人一緒になった。その友人が一緒なのでセックスも不可

能で、私はますます不機嫌になり、顔、言動に出ていたのだろう。夕食後、

友人が姉夫婦と宿ロビ-の催し物を観ている時、彼に誘われ、私達は部屋

で繋がったのだが、この時、部屋に鍵を掛けるのを忘れていた。彼が私の

お尻を突いて居る時、ドアが開き、義兄が『居るの?』と声を掛けたので、

私達は直ぐ離れ、浴衣の乱れを整
え義兄に会った。果たして義兄が気付

いたのかどうか気になるが、聞く訳にも行かない。

 彼の弟さんとmixiで出会った。彼には秘密にして弟さんと新宿で会った

が、弟さんは男に興味が無い。でも、私と彼の関係は勘付いていたかもし

れない。正直、彼より魅力的だったが、いかんせん、女性一筋では近寄り

難いが、人間的には大変魅力があり、訃報を聞いた時は家族でも無いのに

葬儀に参加させて頂いた。彼の家族でもっとも興味深い人だった。

 私は彼が決心するまでじっと待ったが、彼が先延ばしするだけなので、

彼との結婚は諦めた。米国人にアプロ-チされ、決断出来ずにずるずると

歳月を無駄に過ごし、気付いた時には二人とも人生の終末、そんな恐怖に

襲われ、私は米国人に賭けて見る気になった。
5年間も待つのは正直、辛

い。私は
60代半ば、彼は80、もう残りの時間が少ない、時間を無駄に出来

ない。こうして、私の、大陸の東西の端の超長距離恋愛の火が消えた。

 

 だが、結局、完全に縁を切れず、この秋、彼は再び私のアパ-トに滞在

する事になった。そう簡単に、捨てられない。寝る場所を提供するのは当

然の関係だと思う。それに米国人との関係もどうやら雲行きが怪しく、期

待出来なくなった。









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