築地の親爺たち


                                         抱念 さん 


第三話〜鉄火の誠


佐三たちは銀座通りまで出て、タクシーを拾った。

 

「上野まで‥」

佐三は陽気だった。嘉輔もそれを見て、今度はどこへ連れて行ってくれる

のかと、心浮き立つ。

 

「歌いに行きましょう‥、嘉輔さんも歌は好きでしょ‥聴かせてください

よ‥」

たたみかけた。

 

その店は入口の看板に『祭』とあった。入ると奥にステージ、音響機器は

本格的だ。照明もスポットライトがいくつもあって、ステージへ集中的に

照明が当たる。ほかはわずかの間接照明だった。

そして入り口脇のカウンターには、豆しぼりの鯉口に揃いの六尺褌、それ

に雪駄をつっかけただけの、鯔背な親父が立っていた。

 

「いらっしゃいまし‥」

 

上野誠。五十を過ぎたばかりの、小柄で精悍なお祭り野郎だ。むかし有名

な作曲家の先生の内弟子だったが、いつの間にか歌と男が入れ替わり、男

の道でプロデビューさせてもらった。それが二十歳だったからもう三十年

になる。

 

「今日は早いですねぇ‥、でも佐ァさんならいつでも歓迎ですよ‥」

誠がうれしそうだ。

 

「九州から友だちが来てくれたもんだからね、わたしの行きつけを案内し

てるんだ‥」

 

「それはそれは光栄です‥、こちらのおやっさんも佐ァさんに負けずにい

い男ですねぇ‥」

おしぼりを渡しながら嘉輔に会釈した。

 

「マコちゃんのタイプだろ、ふふふ‥」

 

「ようこそいらっしゃいまし、誠です‥、佐ァさんにはいつもお世話にな

ってます‥なぁんて言ってもなんにもありゃしませんけどね‥はっはっは

‥」

 

嘉輔の目が戸惑っているのを見た誠は握手をして誤魔化そうとしたが、あ

べこべにおかしな気分になってしまった。

 

「中田嘉輔です‥九州で干物屋しとります‥、佃煮のこと教えてもらおう

と思うてきたんじゃが‥ぅン‥どうかしなさったか‥」

誠が嘉輔の手をギュッと握ったまま離さなくなった。

いや、正確に言えば離せなくなった。

 

「なんなんだい‥なんて言っていいか分からないよ‥なんだか変な気持ち

になってきちゃった‥、中田さんの手握って顔見てると‥今、会ったばか

りなのに、もう何年もずうっと好いているような気がしてくる‥」

 

「おいおい、マコちゃん‥どうしちゃったの‥、嘉輔さんみたいな人がタ

イプなのは知ってるけどさ、今、初対面だよ‥、その人と、そりゃないだ

ろ‥」

 

「そんなこと言ったって‥佐ァさん、ぼくの所為じゃ無いよ‥、この人が

‥中田さんがぼくをこんな気持ちにさせるんだ‥」

誠はもう嘉輔から心が離れなかった。不用意な野火がメラメラパリパリ音

を立てて燃え広がってゆくように、誠の心は嘉輔に炙られてゆく。

 

「キスして‥」

潤んだ目で誠が言う。

 

とうとう我慢が堰を切った。

 

 

嘉輔は誰にでも優しい男だ。自分の気持ちに嘘をつかない誠がかわいい、

包んでやりたい、そう思った。

 

カウンターを乗り越えて身を乗り出した誠の伸びやかな上体のように、ふ

んどしの前袋には亀頭の割れ目が露わに浮き彫られ、竿の裏側がぐんと膨

らんでいた。

ふたりの親父にはそれがまる見えだった。

 

「なんだマコちゃん、もう勃ててるのかい‥」

 

「だって‥いい男が目の前にふたりもいるんだもの‥そりゃあ勃ちますよ

‥」

 

「わしゃボックス席がいいのぉ‥」

嘉輔はステージが正面に見える席へと移った。

 

「佐三さんもこっちへどうですか‥、誠くんもおいでなさい‥」

誠はビールと茶豆を持って佐三を追った。

 

「祭へようこそ‥」

誠がふたりへ注いだ。そして、佐三が誠に。

 

「乾杯〜」

 

「誠くん、君みたいな男がわしゃ好きじゃ‥、自分に素直で真っすぐなの

がいいのぉ‥」

嘉輔は目を細めて誠を見、その裸の太ももへ手を置いた。そうして嘉輔へ

言った。

 

「佐三さん、わしもおんなじニオイがしたのかのぉ‥」

佐三の目をじっと覗き込んだが、その目ははにかみを浮かべ笑っていた。

 

「どこで嗅ぎわけたんじゃろ‥そんな匂いさせておったかのぉ‥」

嘉輔が独りごちた。

 

「嘉輔さん、ケンちゃんのこといい男でしょて言ったの覚えてるかなあ‥、

そん時嘉輔さん無反応だったよね‥、大概のヤツは女も男も、役者みたい

なの好きなんだけど、あんたは違った‥ああこの人面食いじゃないんだ、

素朴なのがいいのかなあって‥それでピーンと来たのよ‥」

そう言われても、嘉輔にはピーンと来なかった。しかし、まさに図星だ。

 

二枚目はつまらん。

脇の役者の方が味のある役者が大勢いる。

笠智衆、東野英治郎、宮口精二、松村達雄

みな嘉輔が好きな役者たち。ふんどしが似合いそうな親父がいい。少し若

いけど、小林薫も好きだった。

 

その小林薫に、誠は似ていたのだ。

 

「佐三さんの言うとおり‥わしらはみんなおんなじというわけじゃ‥、ほ

れならもう裸になってもいいてことじゃな‥」

嘉輔は背広の上着を脱ぎ、ネクタイを緩めた。

 

 

「誠くん、わしじゃダメかのぉ‥」

嘉輔は唐突だった。

 

「おやっさん‥願ったりですが‥でもぼくなんか‥」

誠は後込みした。しかしそれこそ嘉輔がほだされた、誠の素直さだった。

 

「マコちゃん、嘉輔さん本気だよ‥」

 

その時だった。

ひとりの老人が扉を開けた。



                                                続 く 







トップ アイコン目次へもどる    「投稿小説一覧」へもどる
inserted by FC2 system