築地の親爺たち


                                         抱念 さん 


第四話〜組頭


嘉輔が自分じゃダメかいと、誠に訊いたところで店の扉が開いた。

 

「あぁ、早かったですね‥」

「アッ、いらっしゃいまし‥」

佐三と誠が同時だった。

 

傘寿の服部勇だった。勇は京都市中見廻り新撰組、組頭の近藤勇から取っ

て名付けられたという。そしてその名の通りに、築地界隈の火消し鳶の組

頭を務めていた。そんなことから佐三とは懇意だったのだ。

 

パナマを取るとつるつるのスキンヘッドで、ギョロリ射竦めるような眼差

しが徒者ならざる気配だ。嘉輔はそれに気圧されるところだったが、ほん

の一瞬の間で済んだ。

 

「佐ァちゃん、こんなとこでカラオケかい‥ずいぶん早ぇじゃねえか‥」

 

気安い爺さんのようだけれども、少しばかり口が悪いのが玉に瑕。しかし

端から悪気などありゃしない。

 

「誠、相変わらずいい男っぷりだなあ‥いい男でもめっけたか‥」

 

「“こんなとこ"は余計だい‥、親方こそ“相変わらず"口が悪いじゃない

か‥」

誠がそう反論する。

 

「すいませんねニイさん、急に呼び出して‥、こちらが九州からぼくんと

こへ来てくれた嘉輔さん‥魚の干物作っててね、そいつが滅法うまいんだ

‥」

佐三が紹介した。

 

「そりゃあ遠いとこから良く来たねえ‥、わざわざこいつんとこへ何の用

だったんだい‥」

気さくに問いかける。

 

「はじめまして、中田嘉輔です‥、孫が佐三さんとこのお孫さんの後輩で、

お世話になっとるんです‥、それとぉ、佃煮のこと教われば、もっとうま

い干物が作れるか知れんて思うたら、居ても起ってもおられんようになっ

てしもうてのぉ‥」

嘉輔が応えた。

 

勇は仕立てのいい、空色のアイリッシュリネンの上着を脱いで、おしぼり

で顔と首を拭った。しかし、それが決して下品には見えない豪快さは、や

はりそのひととなりなのだろう。嘉輔は勇を見てそう思った。

 

「嘉輔さん、この強面のひとはぼくの兄貴分、服部勇さん‥、築地の火消

し鳶の組頭だよ‥」

 

「佐ァちゃんよ、オレはとっくに足は洗ったぜ‥、それと強面はよけいだ

ろっ‥ハッハッハッ‥」

勇が混ぜっ返した。

 

「嘉輔さんて言ったね‥なんでこいつがあんたをここへ連れて来たんだい

‥」

勇が真顔で訊いた。

 

「・・・」

 

「ニイさん、そんなこと‥」

佐三のことばを遮って勇が続けた。

 

「嘉輔さん、誠見りゃ分かるだろ‥これみよがしに褌を見せつける露出狂

の親父がやってるカラオケ屋だぜここは‥、男が好きな男が来るとこだよ

‥」

直球ストレートだった。

 

「はいぃ、自分じゃそげなことないと思うとっりましたけど、佐三さんに

匂いがする言われましてのぉ‥、まあ満更外れちゃおらん‥、ご心配おか

けしてすまんことですが、田舎もんでもそれぐらいは分かっとります‥は

っはっは‥、実はですね、今もあなたが見えなさるちょうど前に、この誠

くんのことがえろう可愛くなってしもうたところじゃったんです‥」

嘉輔が素直に自分の気持ちを語った。

 

「そうだったのかい、そりゃ知らないとはいえ、無粋なことをしたもんだ

‥此のとおり、申しわけない‥」

勇が潔く頭を下げた。

 

「なんもなんも‥ニイさんがわしなんぞに頭下げてはいけんです‥」

嘉輔が勇の肩をそっとつかんで起こした。

 

「初めてお会いしたのに、ニイさんなんて気安う言うて‥佐三さんを真似

てしもたけんど、馴れ馴れしくて、失礼しました‥」

嘉輔が深々と頭を下げると、勇が背中を叩きながら肩を抱いた。

 

「嘉輔さん、なにもオレなんかに頭下げることはねえよ‥」

嘉輔が顔を上げると勇はその口へしゃぶりついた。

あまりに唐突だった。音を立ててチューチュー吸う。そして舌が歯をこじ

開け、舌に絡み嘉輔を抱いた。目をまん丸くして、誰かに救いを求めるよ

うな顔をした嘉輔が、すぐに勇に懐いて自分からキッスをせがみはじめた。

一気に燃え盛るところだったが、勇が毅然と口を離した。

 

「その顔見てたらあんたに惚れちまいそうだ‥悪いことしたな、謝るよ‥、

誠のこと可愛がってやってくれるかい‥」

嘉輔はキツネにつままれたようだった。

 

「誠ぉ、今日はもう店を閉めねえか‥」

勇が言った。

 

「どうやら今日は特別な日()だ‥、九州からいい男が来てくれて、それ

を佐ァちゃんがわざわざオレに教せえてくれたんだ‥、其の客人が誠に惚

れて、オレもそのシとを好いちまった‥」

感慨に耽っているふうだ。

 

「こんなシはもうねえかも知れねえ‥だから大事にしてぇと思ったもんだ

からな‥」

やけに神妙だが、年の所為だろうか。

 

「なに言ってんだよ、ニイさんらしくないよ‥さみしくなっちまうじゃな

いか‥」

佐三がうるんだ。

 

「佐ァちゃん、ありがとうよ‥、でもな、この年んなりゃ誰だって分かる

さ、こんなシはこれから先にゃ滅多にねえってことぐれえな‥だからみん

なと逢えた今日に感謝しねえとバチが当たるってもんだ‥、どうだい、皆

で家へ来ねえか‥」

嘉輔も誠もみんな驚いた。しかし一番は佐三だった。

 

 

佐三が店の跡を取った年からだから、もう五十年にもなる。勇と佐三は五

つ六つ離れていたが、親兄弟よりも信頼を寄す兄貴、何を置いても守って

やりたい弟、互いをそう思って、ずうっと来た。

 

 

子どもたちの手が離れた勇は、荷物を整理しておかみさんと二人マンショ

ンに住み替えた。しかし二年前の冬、おかみさんが急に心臓が痛いと言っ

たと思ったらあっけなく死んでしまった。

それからは独りきり。それでも佐三はもとより、火消し鳶の仲間はもちろ

ん、築地の旦那衆連中までが勇に心を配ってくれた。

 

元々人寄りが大好きだったけれど、おかみさんが亡くなってからはもう人

を寄せることは止した。

どれだけおかみさんに気を遣って自分を殺していたのだろう。それを知っ

ている佐三だから驚くのも無理はない。

 

「ニイさん、ぼくらみんななんて言ったけど‥ほんとにいいのかい‥」

佐三は気遣ったが、心配は結局それきりだった。

 

「さあ、みんな行こか‥」

勇は喜々としていた。



                                                続 く 







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