築地の親爺たち


                                         抱念 さん 


第五話〜大川端


誠が身仕度を整えて戸締まりするのに時間はかからなかった。

 

「すいません、お待たせしました‥」

そう言って誠が表へ出るとまだ明るい。時計を見るとまだ六時になってい

なかった。

 

店の前でタクシーを拾い“けん太"へ向かう。預けておいた嘉輔の荷物と、

酒のアテをもらってマンションの一階で店を構えるなじみの寿司屋に寄っ

た。そうしてから勇の自宅へ上がった。

 

大川端の高層マンション。

東京湾に映る夕日が、ひと盛り燃えたあとの熾きのような暗いオレンジ色

に変わっていた。

 

独り暮らしの割りには極まりよく片づいている。それもそのはず、葛西の

染め物屋へ嫁にやった娘が週に一回来てくれる。そして、ひととおり身の

回りの世話が済むと、二人で銀座へ出かけ、ゆっくりランチを楽しむのだ

った。

 

十二畳ほどのDKに八畳の間が引っ付いている。段差は無くて、襖は収納

ができるように設えてあり、広々とワンルームとして使うこともできる。

そしてその隣りに襖で仕切られた六畳間があった。その襖も開け放されて

いたけれど、そこにおかみさんがいた。

 

 

「ニイさん、お線香上げさせてもらってもいいですか‥」

小さいけれど品のいい簡素な仏壇だった。その前へ佐三が進む。

 

「ありがとうよ‥、オレがまたこのウチへ人を寄せたことを知らせてやら

ねえとあいつも安心できねえだろう‥、佐ァちゃん、大丈夫だって言って

やってくれよ‥」

勇は佐三に頼んだ。

 

 

「さあて‥みんなこんなとこまで来させて悪かったなあ‥、まあオレのわ

がままだと思って勘弁してくんな‥、その代わりと言っちゃなんだが、な

んでも好きなもの食って、飲んで、寛いでもらいてえ‥、なんの気兼ねも

要らねえよ‥、そうだ、みんなで裸んなるか‥おぉそれがいい、そうしよ

う、なあ‥ハッハッハハハ‥」

 

小林薫似の誠は五十になったばかり。店での格好そのままだが、いつ見て

もおんなじ褌と鯉口シャツとは、実は相当な洒落者に違いない。豆しぼり

の六尺に揃いの鯉口は、日本橋のてぬぐい屋で有松の生地を分けてもらっ

て、浅草の用品店で誂えていた。ふんどしも鯉口も誠の男をあげるマスト

アイテム。それでこそ鯔背になれるってものだ。

 

九州から来た男は前頭部からてっぺんまでハゲあがり、シラガ勝ちの丸坊

主。それがため嘉輔の純朴さが一層引き立つ。こんな男は掃いて捨てるほ

どいそうだけれど、ここまで好い男はまずそういない。見た目だけでなく

その人柄がだ。六十半ばはいかにもまだ若い。白晒しの越中褌にクレープ

の前開きシャツときたから、純朴さが余計に引き立つ。

 

七十も真ん中あたり、男の盛りは今だとばかりの佐三は美しい白髪を短く

刈り上げ、七三に分けている。結城の下は藍染め手ぬぐいを仕立てた越中

褌だった。それがいかにも洒落者の佐三らしい。そして嘉輔と同じ肌着で

も、こちらは麻の楊柳だった。

 

そしてしんがり勇は少しばかり色落ちしたのか、おちついた風合いの黒地

に赤のよろけ縞を描いた木綿の六尺。そして、赤や黒の金魚が水草なびく

水の流れに泳ぐ、涼やかな鯉口を羽織った。小憎らしくなるほどに決まっ

ている。それでこそ傘寿の矜持。

そういえばいつだったか、『天皇の料理番』というTVドラマでダグラス・

マッカーサーを演じていた爺さんが勇にそっくりだった。それと小林薫も

秋山徳蔵さんの師匠役で出てたっけなあ。

 

「ニイさん、惚れぼれするねぇ‥」

勇の粋な褌と鯉口を見た佐三が目を細めた。

 

「なに言ってやがんだ、つまらねえこと言うんじゃねえよ‥、みんなシい

ちまうだろ‥、さあさ、嘉輔さんも誠も、飲みなよ食いな‥、遠慮は無し

だからな‥」

勇がみなに酌をした。

 

「嘉輔さん、佐ァちゃんとこへ来たのに、こんなとこへ連れて来られてい

い迷惑だったなあ‥」

 

「なんもなんも、この年になって東京てとこは初めてだったんじゃが、い

い人たちと出会えてわしゃ嬉しいです‥、佐三さんも誠くんも、そうして

勇さん‥みんな男ぶりがいい人ばかりじゃ‥、本音でしゃべりゃ、ちゃあ

んと返してくれそうでなあ‥そんな男はなかなかおらん‥、それがいっぺ

んに三人ものぉ‥今日は本当にいい日じゃ‥天のお方に感謝せにゃバチが

当たりますな‥」

  嘉輔はあくまで腰が低い。低いだけでなく、慈愛を以て包みこんでくれ

るやさしさがある。人が嘉輔を慕いたくなる理由がきっとそれなのだろう。

 

 

それにしても、この世に生きていて本当に気の合う人と出会うことはそん

なに多くはないだろう。しかもそれがこの世界となれば、確率はぐんと落

ちるに違いない。

 

「わしは不思議でならないのです‥こんな風にみなさんと出会い、出会っ

てまだ何時間しか経ってないのにこうしてふんどしひとつで酒を酌み交わ

す‥しかもそれがこんなにも愉しいんですよ‥、どうしたって不思議でな

らんのです‥」

しみじみと喜びがあふれている。

 

「勇さん、わしみたいなもんまで呼んでいただいて、お礼の言いようがあ

りません‥」

そう言って勇に握手を求めた。

 

「わしが佐三さんのとこへ来なんだら、勇さんや誠くんとも会うことがな

かったわけで‥そう思うと縁とゆうのはほんとに不思議なもんじゃ‥」

嘉輔は勇の手を両手で包みこんで、しみじみ言った。

 

「あっあぁ‥分かったぁ、誠が言ったことがよくわかるぞ‥、嘉ァさん、

あんたの手ぇ握ってると、なんだか分からねえが、淫らな気持ちが湧いて

くるんだ‥、どうしてこんなになるのかさっぱりだが、ここがむず痒くな

っちまったぜ、こんな年ンなったのになあ‥ぷわっはっははは‥」

前袋を眼で指した。

 

「そうでしょ、分かったでしょ、親方‥、嘉輔さんてとてつもないなにか

があるんだよきっと‥、そうじゃなきゃそんな気持ちになるわけないもの

‥」

誠は早速前袋を盛り上げている。

 

「そんならオレも握ってもらおうかな‥」

佐三が両手で嘉輔の左手を迎えに行った。

 

「ぼくもぉ‥」

誠がうしろから嘉輔に抱きついた。

 

「おっおぉ、いったいこりゃなんだぁ‥、じんわりあったかくなる‥手か

ら心の臓に伝わって、魔羅の先っ穂までジンジンしやがる‥、嘉輔さんの

なにか、嘉輔さんが持ってる気持ちみたいなもの‥思いなのか、そういっ

たなにかが俺の大事なとこまで届いてくるような感じがするよ‥」

 

「ンーん、キスしてっ、嘉輔さん、約束だよ‥、キッスぅ‥」

嘉輔のU首シャツの上から乳を弄りもみながら、嘉輔の首筋に口づけた。

 

「あぁ‥誠くん、いけん‥そないなことしたら、わしがガマンができんよ

うになってしまう‥、あぁまッことくン‥」

キッチンの隣りの二人用の小さなテーブルを四人で囲んで飲んでいたのに、

嘉輔の向かいの勇が右手を、左の佐三が左手を握り、右の誠が立ち上がっ

て嘉輔にうしろから抱きついたのだ。

 

「はっはっはっは‥嘉輔さんはモテモテじゃないか‥」

両側の二人は嘉輔の手を離して、酒を酌み交わしはじめた。



                                                続 く 







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