夕日丘


                                         夕凪さん 



その34 日曜日 その2



朝食が終わって、結局、紺野さんの計らいで、紫村さんも皆と一緒に車で

町へ帰ることになった。車の後ろへ黒岩さんが座ると、その後ろに紫村さ

んが続いて座ったので、
仕方なく豊は紺野さんの隣の、助手席へ座ること

になった。紺野さんはとても上機嫌であったが、黒岩さんは不機嫌であっ

た。

しかし、それ以外の方法がないことは彼が一番よく知っているので、一言

も文句を言わなかった。

最初に町の入り口に近い紫村さんの家に行き、彼をおろした。

彼の家も相当大きいように思えたが、大家族のようで、紫村さんの自由に

なるようなことは少ないようであった。

別れ際に、何度も豊の手を取って、「いつか、いつか、もう一度・・・死

ぬまでにね」と豊の目を覗いていった言葉が豊の心を騒がせた。

紫村さんと別れると、黒岩さんは豊の手を取って、車の後ろに座るように

した。

そして、紺野さんのことを意識してか、二人とも窓の外を見ながら、会話

を避けていた。

「白石先生、先に黒岩先生をお送りしていいですか?」と紺野さんが言っ

た。

「もちろん、そうしないと、ご家族に申し訳ないですからね」と豊が答え

ると、「先に、白石先生のところでいい。わしはそこで降りるから」と黒

岩さんがブスッとしていった。

「え?」と紺野さんが不思議そうに言うと。

「紺野、わしは白石先生と過ごすことになっているのに、一昨日からずっ

といろんなことがあって、ろくにお話もしておらんのだ。だから、これか

ら夕方まではわしの時間だ。夕食は白石先生がわしの家に送ってくださる

から、一緒にするつもりだからな」と黒岩さんは独断的に言った。

多分、豊を最後に送った紺野さんが豊を夕食に誘うであろうということを

察知したみたいであった。

「それじゃ、その通りでいいですかね」と紺野さんがやけっぱちの声をだ

して豊に言った。

「そうですね、今日はそのようにしてください。確かに、僕は黒岩さんと

約束したけど、それが守られていないみたいですからね・・・」

「わかりました」と言って紺野さんは豊の家のほうの道を選んで運転した。

豊の家に着くと、黒岩さんが車から降りたので、豊は黒岩さんに部屋の鍵

を渡して、先に上がってもらうようにした。

トランクから紺野さんが取り出した荷物を受け取り、豊は頭を下げて、お

礼を言った。

「本当に、昨日の慰問演奏会と温泉、有難うございました」

「いいえ、どう致しまして。いつでも、気が向いたらご一緒してください

ね、楽しみにしています。それから、慰問の件、来月もお願いできそうで

すかね?」と紺野さんが豊かに言った。

「ええ、喜んで」と豊が言った。

「よかった・・・。それから・・・」

「何でしょうか?」

「僕のこと嫌いじゃないでしょうね?」

「え?どうして貴方が嫌いになるんですか?」

「だって、あのことに触れてくださらないから、嫌われたのかと・・・」

「だって、日中こんなところで、顔が赤くなるようなことを・・・」

「よかった、嫌われていなくて。じゃ、また・・」

「ええ、僕も初体験があんなに素晴らしいのかと・・・」

「よかった」ともう一度言って、ドアーを閉めて紺野さんは車で去った。

家に入ると、黒岩さんが怒った顔をして待っていた。

「どうしたんですか?」

「何を、紺野と長く話したいたんですか?」

「ああ、来月の慰問のことです。それと、温泉のお礼と」と言って荷物を

玄関において豊は靴を脱いだ。

「あの、家に電話を入れてもいいかな?」と黒岩さんが遠慮がちにたずね

た。

「あ、どうぞ、使ってください。後で、僕も電話に出ますからね」と言い

ながら豊は荷物を片付けることにした。

洗濯物を洗濯機の中に突っ込んでいると、黒岩さんが豊を大きな声で呼ん

だ。

黒岩さんが差し出す受話器を受け取り、豊は三郎さんにお礼を言った。

「本当にありがとうございました。とても楽しかったです」と豊が言った。

「それは、よかった。親父が若返った様な声で、子供のように報告してく

れるんで驚きました。また、時々お願いします。それから、今晩の夕食は

6時ですがよろしいですか?」と三郎さんが言った。

「え?お食事に招待くださるんですか?」と豊が驚いて尋ねた。

「ええ、親父の注文ですからね。今日はなべにするんだそうです」

「わかりました、有難うございます。じゃ、530分ごろお父さんと伺い

ます」と言って豊は電話を切った。

豊が居間へ入ると、黒岩さんは本棚の前で、興奮していた。

「白石さんはこんな本を読んでいるんですか?」と黒岩さんが嬉しそうに

言った。

「ええ、僕は池波正太郎、内海隆一郎、内田康夫、門田や南英雄なんかが

好きですし、西村京太郎も好きで集めているんです」と豊が言った。

「実は、わしもそうなんですが、家族が嫌がるんでね、図書館でしか読め

んのです」と黒岩さんが寂しそうに言った。

「どうしてですか?」

「教育者らしくないというんです」

「そんな、おかしなこと・・・」

「ま、趣味が合わんからでしょうな」

「ふうん、そんなもんですかね・・」

「で、もし、よければ、ここに時々来て、本を読んでもいいですかな?」

と黒岩さんは遠慮がちに言った。

「ええ、もちろん。でも、あ、そうだ・・・」と言って豊は寝室の方へ行

った。

寝室から合鍵を持ってきて、一冊の本を取り出して、ソフアーで読んでい

る黒岩さんに渡した。

「これは?」と黒岩さんが不審に思ってたずねた。

「これは、このアパートの合鍵です。貴方が読みたいときに何時でもこの

アパートに来て読めるようにね」と豊が言った。

「え?本当ですか?」と驚いて立ち上がり、鍵を手にして豊に抱きついて

喜びを体で表現した。

そんな子供みたいな黒岩さんが益々好きになってしまった。

「あ、そうだ、そろそろお家へ帰らないと、三郎さんが待っているでしょ

う?」と豊が言った。

「ああ、そうだな。それにこれからいつでも此処へこれるんだと思うと嬉

しいですな」

「じゃ、そろそろ行きましょうか?」と豊が言った。

「ああ、そうだな・・・」と黒岩さんが答えた。

「ああ、それに、夕陽丘の公園を通り抜けて行きましょうか?」と豊が提

案した。

「もちろん・・・」と黒岩さんがほほ笑んで答えた。

二人の出会いの公園。二人が感じている何かを探り当てたいのか・・?夕

日に誓うのか・・・。

揃って歩く後ろ姿。

そこにはそっと二人の手が重なりあっていた・・・。



                                                    続 く 







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