夕日丘


                                         夕凪さん 



その35 月曜日



豊はとても素敵な目覚めをした。

あんなに素敵な人々を友達にもてるなんて、不安が一杯で転勤してきたこ

とがまるでうそみたいであった。

『そうだ、今日は加藤君のおじいちゃんのお見舞いに行ってあげよう』と

豊は独り言を言って、洗面をしに浴室へいった。

お昼休みに、加藤さんを呼んで、今日、仕事が終わったらおじいちゃんの

お見舞いに行っていいかなと問い合わせてみた。

「え?本当ですか?うれしい、何もおもてなしで来ませんけどね、すぐに

家に連絡します」と叫ぶように行って、電話をかけに行った。

しばらくして、豊のところに戻り、おじいちゃんだけじゃなく、家族みん

なが喜んでいると体で喜びを表現して豊に礼を言って、自分の席に戻り、

仕事を始めた。

豊と加藤さんは仕事が終わると、すぐに退社して、最寄の駅へ急いだ。 

加藤さんはS線の急行が止まる駅であったので、新宿から乗れる始発電車は

ありがたかった。

少し、遅らせて二人は席に腰掛けて出発した。

最寄の駅に着くと、加藤さんはタクシーで行こうと行った。

どうしてかと聞くと、ちょっと距離があるからとのコトだが、そんなに年

じゃないからと言って、断り、二人は駅前の商店街を抜けて、住宅街を15

分ほど歩いて加藤さんの家に着いた。

「ただいま」と加藤さんが何時もより大きな声で言って、ドアを開けた。

「お帰りなさい」という女性の声が聞こえ、何人かが廊下を急ぎ足で歩い

てくるような音がした。

「いらっしゃいませ。いつも、娘がお世話になっております。それに、今

日はお忙しいのに、わざわざ義父の為においでくださいまして」と加藤さ

んのお父さんとお母さんが並んで玄関に跪いて挨拶をしたのには流石に豊

も驚いた。

豊もあわてて、頭を下げて、腰を低くして、「突然のお邪魔を、お許しく

ださい」と挨拶をした。

「さ、おあがりください。幸子、おじいちゃんの所へご案内して」と父親

が言った。

「ハイ、課長、どうぞこちらへ」と言って、スリッパを出して、豊を案内

した。

おじいちゃんの部屋は比較的静かで、もちろん住宅街も静かだけれど、庭

が見れるようになっていた。

「おじいちゃん、課長さんが来てくださったのよ」

「初めまして、白石と申します」と豊は言って挨拶をした。

おじいちゃんはベッドに寝たままで、豊のほうを見てにっこりと笑った。

おじいちゃんは頭が真っ白で、眉毛も真っ白であった。

顔色もそんなに悪いというのではなく、病人という感じを与えなかったの

で、豊は不思議な気がした。

おじいちゃんのベッドの前に椅子を置いて、すわり、ちょっと話をしてみ

ようと思った。

「じゃ、課長さん、お食事の準備が出来たらお呼びしますのでね」

「うん、だけど、ここで吹いてもいいのかな?」と豊が尋ねた。

「ええ、太鼓だとか大きな音のものは近所の人から文句出るかも知れませ

んが、フルートなら、夜9時ぐらいまでなら大丈夫と思いますわ」と加藤さ

んが嬉しそうに言った。

「そうか、じゃ、今から始めさせてもらうね。おじいちゃん、いいですか

?」とおじいちゃんに向いて言うと、にっこりと笑って、うなずいた。

豊はフルートをケースから出し、組み立てて、少し音を合わせてから、い

きなり吹き出した。

豊はホームでの経験を活かして、老人が好むであろう、昔の歌謡曲の中か

ら吹いてみた。

おじいちゃんは目に涙を一杯ためて、豊を見つめていた。

豊はどうしていいか判らなくなってしまった。

べつに老人を悲しませるつもりではなかったのに、結果的にはそうなって

しまったみたいだ。

その時、豊を助けるようにドアーが遠慮がちにノックされた。

豊が返事すると。

「失礼します。先生、素敵でしたわ」とお母さんが部屋に入ってきていっ

た。

「そうですか?」

「ええ、でも、義父が好きな音楽をよくごぞんじですわね、幸子が教えた

んでしょうか?」

「いいえ・・・。じゃ、おじいちゃんは喜んでくれたんですか、涙ぐんで

いるみたいなので、ちょっと心配したんです・・」

「とんでもない、とても感激しているんですわ、ね、おじいちゃん!」と

お嫁さんが言うと、おじいちゃんはにっこり笑ってうなずいたので豊は安

心した。

「で、おじいちゃんは夕飯はどうされるのですか?」と豊が尋ねた。

「あとで、簡単なものをこちらで食べるんです」とお母さんが答えた。

「じゃ、僕と一緒に食べましょうか、おじいちゃん?」と豊が言うと、お

じいちゃんは嬉しいのか、布団から両手を初めて出して、豊の手を握った。

そんな必死な思いで自分の思いを伝えようとしているおじいちゃんが豊は

いっぺんに好きになってしまった。



                                                    続 く 







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